【名称】棒坂
【所在地】長生郡長南町市野々
【延長】237m(現存部分)
2014年7月6日訪問
長南町佐坪、熊野の清水がある熊野神社の前にて。
この先に旧大多喜街道がかつての姿を残して現存しているという。
少し進むと分岐の手前に何か見える。
案内板の道祖神だ。
分岐先にある道祖神。
更に上り坂を進む。
切り通しを過ぎると開けた場所にでた。道から左下を見下ろすと旧大多喜街道が姿を現した。ここからはチャリを置いて徒歩で。
降りてすぐの切り通し。
切り通しの先は結構荒れて滑りやすい下り坂。
切り通しを抜けた先で振り返る。ここのところは現存する古道のなかでも一番荒れている。
前進再開。
言われなければ、ただの作業道のようだが、ここをかつて殿様を乗せた駕籠が通っていたんだねぇ。
車の音が聞こえてきた。県道まではもうすぐかな。
石仏がふたつ。
右の石仏には「昭和八年」と刻まれていた。
そして左の石仏は六面六地蔵というのだろうか、特筆すべきは「宝永四」と記されていること。宝永年間といえば、1704年から1710年。300年以上前の江戸時代前期ではないか。近松門左衛門が『曾根崎心中』を書いたり、ヨーロッパではニュートンが頭にリンゴをぶつけて錬金術にふけっていた時代だ。
いままで、房総をウロウロしている折に見掛けた石仏や石碑の類、大抵は江戸時代後期の化政期頃のものが多かったので新鮮。でも、その割には綺麗に見えるのだけど、、、(^-^;
旧街道はやがて県道に合流する。県道147号が27号に合流する交差点のすぐ南だ。
県道側から旧街道への入口を。
県道側の入口に立っている案内板。
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