【名称】粟倉橋(あわくらはし)
【所在地】君津市東粟倉
【竣工】1926(T15)年、1963(S38)年3月改修
【延長】約30m(目測)
【幅員】約4m(目測)
2014年8月16日訪問
君津市、小糸川に架かる東粟倉と西粟倉地区を結ぶ橋。大正15年竣功で県内唯一の戦前の鋼アーチ橋。
南側より。
可動式のガードレールが設置されているのはどういうことかというと、、、
大型車の通行を規制するため。「上部工を支える支承の損傷で振動が激しい」(君津市のウェブサイトより)からとのことだ。
南側右の親柱。「あわくらはし」
南側左の親柱。「小糸川」
橋の上から東の下流方面を望む。
こちらは西の上流方面。
北側ももちろんカードレールで幅員が狭められている。
ここにしばらくいたのだが、交通量は結構多い。
北側より。
北側右の親柱。「粟倉橋」
北側左の親柱。「昭和38年3月」
これは改修された時のものだろう。
なんとか橋の全景を見てみたかったのだが、袂からのこれが精一杯。河床に降りる道もあるようだが、劇藪でちょっと入りこむきになれなかった(^-^;
まきき氏と橋まわりをウロウロしていたら、川のコイにパンくずをやっている御婦人がいた。そして貴重なお話を聞かせていただき、アイスまでご馳走になったヽ(^o^)丿
橋の半年程前に生まれたという御婦人によれば、竣功当初は、床板が木製でその上に土が敷いてあったそうだ。大正末~昭和初期は土橋も多かったのかなぁ。
ところで、その構造ゆえか、なんと腐食した床を生み抜いて真っ逆さまに下に落ちてしまった小学生もいいたそうだ Σ(゚д゚ll)
幸いなことに、その小学生はほとんど怪我らしい怪我もしなかったそうだ。また、ご婦人の息子さんも子供時代に橋の上から岸にジャンプしたがしくじって、そのまま川底まで滑り落ちたとか(^-^;
御婦人に長生きの秘訣を教えていただいた。身の回りのことはなんでも自分ですること、とのこと。おいら、掃除だけはどうしても苦手なんだよなぁ(^-^;
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