【名称】怒田橋
【所在地】君津市怒田
【竣工】1985(H60)年3月
【延長】約10m(目測)
【幅員】約3m(目測)
2015年8月2日訪問
君津市怒田、山に囲まれた水田地帯(耕作放棄地or休耕田)の中にいる。現在地はココ(←クリック)で南西を向いている。
法面をちゃんと工事していない道はところどころプチ路肩決壊が始まっている。数年後には車で通るのも困難になりそう。
周囲は山に囲まれている。隧道や水路隧道を堪能した。そろそろ次に向かおう。
御腹川に架かる小さな橋。東側より。
ここから林道怒田福野線になるらしい。ということは、ここから東の福野集落までの道はどのような指定になっているのだろう?
東側左の銘板。「昭和60年3月竣工」
橋の上から北の下流方面を望む。正面には大きな川廻しの水路隧道が真っ黒な口を開けている。御腹川の旧流路は水田のある場所なのだろう。水田を広げるための努力の跡。
南の上流方面。
西側より。
西側左の銘板。「怒田橋」
再び山を越えて久留里方面に向かう。
振り返り。
切り通しを過ぎるといよいよ登り坂の始まり。
東の道はかなり荒れていたが、こちらは概ねよく整備されていた。
いつの間にか随分高くまで登ってきた。
現在地はココ(←クリック) 北向地蔵尊。後で調べたら、どうやらそれなりに由緒のある地蔵尊だったようだ。でも、くたびれ気味だし暗くなりかけていたのでスルー(^-^;
これはたぶん、近くにあった路傍のお地蔵さん。
これもまた近くにあった石仏。
やったぁ、下りだぁ。と喜んだりしたのだが、そうそうは順調にはいかず、登ったり下ったりしながら進み、、、
怒田福野線の起点に到着。現在地はココ(←クリック) ここで、先ほどスルーした地蔵尊が「名所」だったことを知る(^-^;
さらに少し下って集落に。
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怒りの席田―板付飛行場物語 (1974年)
【所在地】君津市怒田
【竣工】1985(H60)年3月
【延長】約10m(目測)
【幅員】約3m(目測)
2015年8月2日訪問
君津市怒田、山に囲まれた水田地帯(耕作放棄地or休耕田)の中にいる。現在地はココ(←クリック)で南西を向いている。
法面をちゃんと工事していない道はところどころプチ路肩決壊が始まっている。数年後には車で通るのも困難になりそう。
周囲は山に囲まれている。隧道や水路隧道を堪能した。そろそろ次に向かおう。
御腹川に架かる小さな橋。東側より。
ここから林道怒田福野線になるらしい。ということは、ここから東の福野集落までの道はどのような指定になっているのだろう?
東側左の銘板。「昭和60年3月竣工」
橋の上から北の下流方面を望む。正面には大きな川廻しの水路隧道が真っ黒な口を開けている。御腹川の旧流路は水田のある場所なのだろう。水田を広げるための努力の跡。
南の上流方面。
西側より。
西側左の銘板。「怒田橋」
再び山を越えて久留里方面に向かう。
振り返り。
切り通しを過ぎるといよいよ登り坂の始まり。
東の道はかなり荒れていたが、こちらは概ねよく整備されていた。
いつの間にか随分高くまで登ってきた。
現在地はココ(←クリック) 北向地蔵尊。後で調べたら、どうやらそれなりに由緒のある地蔵尊だったようだ。でも、くたびれ気味だし暗くなりかけていたのでスルー(^-^;
これはたぶん、近くにあった路傍のお地蔵さん。
これもまた近くにあった石仏。
やったぁ、下りだぁ。と喜んだりしたのだが、そうそうは順調にはいかず、登ったり下ったりしながら進み、、、
怒田福野線の起点に到着。現在地はココ(←クリック) ここで、先ほどスルーした地蔵尊が「名所」だったことを知る(^-^;
さらに少し下って集落に。
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