【名称】修行橋(しゅぎようはし)
【所在地】夷隅郡大多喜町粟又
【竣工】1966(S41)年10月
【延長】約30m(目測)
【幅員】約5m(目測)
2015年8月9日訪問
大多喜町粟又、千葉県道178号小田代勝浦線(おだしろかつうらせん)にて。現在地はココ(←クリック) 今日は正面に見える養老川に架かる橋。
ところで、Wikipediaによれば、路線名の読み方が「おだしろかつうらせん」となっているが、大多喜町小田代は「こただい」と読むはず。Wikipedia、正しいのかな?
東側より。
東側右の親柱。
「しゅぎようはし」
「しゅぎよう」って何だ??
東側左の親柱。
「昭和41年10月竣工」
橋の上から南の上流方面を望む。
北の下流方面。
下を見ると、川岸から水が流れ出している様子。
西側より。
西側右の親柱。「修行橋」
そっか、「しゅぎよう」は「修行」だったのか!でも、今度はなぜここが「修行」なのかという疑問が(^-^; 念のためと思って、角川日本地名大辞典14千葉県を見てみると、なんと、小字一覧に「修行(シユウギヨウ)」が記載されていた(p.1440) 「しゅぎよう」と「しゆうぎよう」の微妙な表記の違いがあるが、まぁ、こういう事はよくあるので、突っ込まない方針で(^-^; ちなみに、「上修行堀(カミシユウギヨウボリ)」「下修行堀(シモシユウギヨウボリ)」という小字もあるようだ。
西側左の親柱。「養老川」
さて、再び一枚目写真の辺りに戻り、右に分岐する農地への道を降りてみる。橋の下に行けそうだ。
北側より。
先ほど橋の上から見えた流れ出している水は水路隧道からのものだった。奥の水田から流れ出しているのだろうか?
養老川の上流方面。
下流方面。長靴があったら、沢歩きしてみるのも楽しそう。
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