【名称】町田橋(まちだばし)
【所在地】千葉市緑区越智町/大木戸町
【竣工】1965(S40)年3月
【橋長】約10m(目測)
【幅員】約4m(目測)
2018年7月1日訪問
千葉市緑区大野台、千葉みどりの森工業団地内にある大野台中央公園からこの日は出発。
近くの交差点にはコンビニのポプラがある。千葉県内では極めて珍しい(^ー^;
大通りから、
裏に入り、
坂を下ると、
あっという間に昭和の農村地帯に。今いるのはココ(←クリック)
小川橋。
村田川に掛かる大橋。以前は橋を渡ってから左折(下流方面)したが、今回は右折して上流方面に行ってみることにした。
いかにも昔から線形が変わっていなさそうなウネウネした道。
空き家なのかな?
この交差点を右折。
道はダートになった。
農道なのかな?などと思いながら進むと、
端が見えてきた。意外とちゃんとした橋じゃないか。
北側より。
北側右の親柱。「町田橋」
高欄には後付と思われる金属製の手すりが付いていた。こういうのはあまり見たことがないなぁ。
北側左の親柱。「まちだばし」
西の下流方面はこの調子なので様子を伺うことができなかった(^-^;
東の上流方面だが、こちらも大差ないか?(^-^; (写真はパノラマ合成)
南側より。
南側右の親柱。「町田橋」
南側左の親柱。「昭和四十年三月竣工」
さて、この直後、自転車に載ったお年寄りがやってきて声を欠けてきた。「おい、にーちゃん、なにやってんだ」と。とりあえず、愛想よく返事をしていたのだが、この人が言語不明瞭・意味不明な喋り方をする人で少々困った。そして突然、人の腕を掴んでなにやら言い出した「※●△※◎□※▼!」
なんだ、このジジイ!?(;´Д`)ヘンナヒトキター
「喧嘩売ってるのか!」
って、そりゃアンタだろ(;´Д`)
相手にしても仕方がないので放っておいたのだが、さらに付いてきた。今度は、
「おい、オレの写真も撮ってくれよ」と、、、(;´Д`)
相手にしないでいると、やがて走り去っていった。やれやれ。だが、おかげで、オイラの脳内では、のどかで美しい里山の風景が一気に変なジジイがウロウロしている田舎のそれに成り下がってしまった(^-^;
だが、こんな事、はるか昔にも経験あるなぁ。。。確か小学校6年生の時だったと思う。同級生にY君という、まぁアレな感じの少年がいた。おいらは、彼とは親しくも不仲でもない、無関心な間柄だった。放課後、自転車で走り回っている姿を時々見かけたが、互いに挨拶もせず素通していたのだが、一度だけ、なんの前触れもなくちょっかいを出されたことがあった。その時も、このジイさんと同じように追い払ったものだった。今にして思えば、ただ単に遊びたかっただけなのかもしれないとも思ったりするのだが…
中学に入るとY君だけは皆と違う隣の中学校に通学することになった。そこには特殊学級、今で言うところの特別支援学級があったからだ。同級生の中には「Yってそんなに変じゃないぞ。Sの方が変だろ」などと言う者もいた。S君というのも確かに一目でアレと感じさせる少年だった。おいらに言わせれば、どっちもどっちなのだが、両者の決定的な違いは、行動的か非行動的かというところにあった。結果、Y君は遊び仲間の間では比較的馴染んでいたが、そうでない者にとっては迷惑な、特に女子には忌み嫌われる存在であった。一方のS君はいわば人畜無害、周囲が助けてあげなければ何もできないという雰囲気からか女子にも一種のペット的な扱いをされていたように思う。
Y君とは異なり、無事に皆と同じ中学に進学したS君だったが、2年生の時に家庭の事情でどこかに引っ越していった。思い返せば、それ以来、彼らのようなタイプの人物と関わることなく過ごしてきた。クラスに1人や2人の比率でこのようなタイプの者がいるはずなのに、成長した彼らはいったいどこでどうしているのだろう?