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Channel: 道にあるちょっと古いもの
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船代橋

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【名称】船代橋
【所在地】鴨川市打墨
【竣工】1959(S34)年4月
【延長】約60m(目測)
【幅員】約3m(目測)



2015年9月6日訪問

船代橋

鴨川市打墨、現在地はココ(←クリック) 加茂川有料道路(9月末まで無料開放中)の旧道から折れて2本の隧道を通り金山ダムのダム湖脇までやってきた。小さな駐車スペースになんとか車を停める事ができて一安心。さて行くぞ!

船代橋

ダム湖に架かる巨大な吊り橋(の主塔)。南側より。

船代橋

橋の名前は「船代橋」

読み方は不明(^-^; 小字かと思っていつものように角川日本地名大辞典を見てみたのだが、打墨にそれらしい小字はなかった。

なお、打墨の読み方だが、同書P153では「うっつみ」、P1383では「うつすみ」になっている。ネットで調べると「うつつみ」のようだ(ATOKの地名辞書も「うつつみ」になっている) まぁ、地名の読み方のゆれは珍しくないのだが、参考までに。

船代橋

主塔の向かって右側。「昭和三十四年四月竣工」「金山ダム船代橋/昭和34年4月/吊橋用鋼索製造者/川崎製鐵株式會社千葉製鐵所」

船代橋

左の主塔には6トンの重量制限を記す銘板。

船代橋

片方のアンカーは手前の隧道のポータルに固定されている。あまり見かけない光景だ。

船代橋

車の通りが思ったよりも多い。どうやらダム湖はバス釣りのスポットとして有名なようだ。他県ナンバーの車もチラホラと見かけたが、それは恐らくこの先にある心霊トンネル扱いされている斧落隧道が目当てなのかと思われ。

船代橋

今度は下から。

船代橋

赤い橋は絵になるねぇ。

     ※     ※     ※

船代橋

さて、渡ることにしよう。床板は木製。

船代橋

橋の上から東側を望む。

船代橋

あれは取水施設なのかな?

船代橋

見下ろすとダム湖の中に向けて真っ直ぐ進んでいるかのような道が。橋の手前から西に延びる道はダムができる以前の地形図にも描かれているので、ひょっとしたら旧道の痕跡なのかもしれない。もっともただの釣り人用のアクセスルートなのかもしれないが(^-^;

船代橋

西側の眺め。岬状に突きだしたところの向こうにダムの堤体がある。

船代橋

橋からダム本体は見えないが洪水吐きは見ることができる。

船代橋

これぐらい立派な吊り橋になると渡っていても揺れを感じてドキドキする楽しみはあまりない(笑)

船代橋

北側より。

船代橋

橋の北側から先は一般車両進入禁止となっている。Googleカーもここで引き返したらしく、ストリートビューはここまで。

ただ道は特にゲートで封鎖されているというわけでもなく、他県ナンバーの車も普通に出入りしていた。

船代橋

北側の主塔。

船代橋

主塔のてっぺんに備え付けられた銘板。「船代橋」

船代橋

こちらにも「昭和三十四年四月竣工」と、

船代橋

6トンの荷重制限。

船代橋

渡った先の道を少し北に進むと橋の全景を見渡せる場所があった。ガードレールの上に立って撮影。でも、ちょっとピンボケ。手前の葉っぱにピントが合ってしまったようだ( ;´Д`)

     ※     ※     ※

船代橋

おまけ、というかスゴイものを見てしまったので…

現在地はココ(←クリック) 橋の手前から西に延びる道に入ったところだ。

船代橋

右手のボロい建屋は何だろう…

船代橋

と、と、トイレだ ∑(゚д゚; ) いくら漏れそうでも絶対に使いたくないぞ(汗)



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船口のゼロから読み解く最強の現代文 (大学受験Nシリーズ)



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洲崎第二砲台の隧道

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【名称】不明
【所在地】館山市坂田
【竣工】不明
【延長】約30m(目測)
【幅員】約3m(目測)
【高さ】約3m(目測)



2015年4月20日訪問

洲崎第二砲台の隧道

館山市坂田(ばんだ)、千葉県道257号南安房公園線(みなみあわこうえんせん)にて。現在地はココ(←クリック) 西を向いている。小さなプレハブ小屋が建っているところが目的地への入口だ。

洲崎第二砲台の隧道

プレハブ小屋の脇を過ぎたところ。事前に航空写真を見て、もしやと思ったのだが、現地でひっきりなしに土砂を満載したダンプが通るのを見て確信した。この正面の道の先に産廃処理場がある。

帰宅後、改めて調べると、この坂田地区が数年前に残土埋め立て地になっていた。近くを流れる坂田川が大雨の度に濁った水で溢れ、残土を搬入するダンプに住民の安全が脅かされている、という話も出ていた。

廃棄物の処理はどこかがやらなければならない、しかしここでなければならないのか。安易に賛成・反対を叫ぶべきではないが、ここの施設の事は忘れないで考えておかないと…

洲崎第二砲台の隧道

さて、とりあえず目的地に向かう。

洲崎第二砲台の隧道

道はたちまち細くなる。タイトルにしてしまったのですでにネタバレしているのだが、当日はこの先の隧道についての事前知識はなかった。地図にある小さな隧道記号。てっきり農地にでも繋がっている小さな隧道、ひょっとたら素掘か?なんてことを思いながら歩いていた。

洲崎第二砲台の隧道

小さな橋。鉄パイプで組まれた藤棚らしきものが。あれ、でも春先だったのに藤の花は咲いていなかったなぁ?藤じゃなかったのかな?

洲崎第二砲台の隧道

橋を渡り、道沿いに建つ数軒の民家の前を過ぎると道はダートに。そろそろ隧道が現れるはずだ。重ねて言うが、この時はまだ事前知識なし。この先にあるのは「普通の」隧道だと思っていた。

洲崎第二砲台の隧道

おっ、右手になにか見えてきたぞ!

とワクワクしながら進むと…

洲崎第二砲台の隧道

∑(゚д゚||)ハッ!!

こっ、こっ、これって…

ここ最近、房総半島戦跡考古調査会の皆さん(てか、まきき氏もその一員だが)に鍛えられてきたおかげで(?)即座に物件の素性が理解できた。軍事遺構だ!でも、なぜこんなところに?(←まだ事情がよくわかっていない)

洲崎第二砲台の隧道

とりあえず中に…

でも、こういう施設って、向こうにも繋がったりはしていないんだよなぁ… ってことは地図にある隧道記号とは別物?それとも地図がそもそもガセ?

洲崎第二砲台の隧道

内部はやっぱり行き止まり。後で調べると、どうやら弾薬庫だったらしい。

洲崎第二砲台の隧道

さて、戻ろう… でも隧道は…

洲崎第二砲台の隧道

弾薬庫跡を出て一息つく。そこで、ふと前方を見ると…

(゚д゚)ハッ!!

隧道あったどー!!

洲崎第二砲台の隧道

これも造りからしてあきらかに軍事遺構。ってか、ここはそういうエリアだったのか。

北側より。

洲崎第二砲台の隧道

坑口の近くに鉄板がぶっ倒れていた。

洲崎第二砲台の隧道

北側坑口から内部を望む。

洲崎第二砲台の隧道

内部から見た北側坑口。

洲崎第二砲台の隧道

内部には2箇所、横穴というか部屋があった。

洲崎第二砲台の隧道

まずはひとつ目の横穴に。

洲崎第二砲台の隧道

ここも弾薬庫だったらしい。

洲崎第二砲台の隧道

この凹みは?

洲崎第二砲台の隧道

部屋の奥から振り返り。

洲崎第二砲台の隧道

さて、次は…

洲崎第二砲台の隧道

ふたつ目の横穴。

洲崎第二砲台の隧道

ひとつ目と同じ造り。

洲崎第二砲台の隧道

南に抜けたらどんな風景が待っているのだろう…

洲崎第二砲台の隧道

内部から見た南側坑口。出た先は荒れている様子(^-^;

洲崎第二砲台の隧道

南側は掘り割りになっている。

洲崎第二砲台の隧道

南側坑口。

洲崎第二砲台の隧道

南側坑口から内部を望む。

洲崎第二砲台の隧道

全景を撮りたくて少し離れてみたけど、倒れた竹だらけになってしまった(^-^;

洲崎第二砲台の隧道

隧道の南にはもちろん耕地などなくて、こんな有様。地面もぬかるみ気味だったので、ここで引き返すことに。

洲崎第二砲台の隧道

南側より。

     ※     ※     ※

洲崎第二砲台の隧道

戻る途中、更に遺構を見つけた。

洲崎第二砲台の隧道

大きなターンテーブル。ここに大砲が設置されていたらしい。

隧道で引き返してきてしまったが、どうやらその先にもいろいろと遺構が残っていたらしい。次はしっかりと見にいかなきゃ。



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洲崎西 DJCD vol.1



三原橋

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【名称】三原橋(みはらばし)
【所在地】南房総市和田町中三原/和田町小川
【竣工】1973(S48)年12月
【延長】約20m(目測)
【幅員】約6m(目測)



2015年4月19日訪問

三原橋

千葉県道296号和田丸山館山線(わだまるやまたてやません)にて。三原側に架かる橋。西側より。

三原橋

まぁ、普通の橋だ(^-^;

三原橋

塗装銘板。


三原橋

西側向かって左の親柱。「三原橋」

三原橋

西側向かって右の親柱。「三原川」

ここにも道切りの「わらじ」が(゚д゚)ハッ!!

※道切りについてはこちらを。

三原橋

橋の上から南の下流方面を望む。

三原橋

北の上流方面

三原橋

東側より。

三原橋

東側向かって左側の親柱。「みはらばし」

三原橋

東側向かって右の親柱。「昭和四十八年十二月」

三原橋

川は大切にね。



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三原順子 パーフェクト・ベスト



印旛沼の無名橋

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【名称】不明
【所在地】佐倉市臼井田
【竣工】不明
【延長】約20m(目測)
【幅員】約2m(目測)



2015年9月13日訪問

印旛沼の無名橋

佐倉ふるさと広場にて。シンボルの風車。

印旛沼の無名橋

おおっ、回ってるぞ。

印旛沼の無名橋

この風車、オランダ製の本格的なもの。

印旛沼の無名橋

内部の機構を見学することもできる。

印旛沼の無名橋

ミッフィーちゃんがこっち見てる!? (゚д゚)ハッ!!

印旛沼の無名橋

なかなかの迫力。この奥に水汲み機構があるはずだが、そこは見ることができなかった。

印旛沼の無名橋

2階に上がる。ミッフィーちゃんの部屋はこの上のようだ。風車の回転が縦軸に伝わる機構も見たかったのだがここから上は立入禁止。

     ※     ※     ※

印旛沼の無名橋

さて、チャリを組み立ててサイクリングロードを走り始める。こんな道だが、れっきとした
県道。千葉県道406号八千代印旛栄自転車道線(やちよいんばさかえじてんしゃどうせん)だ。

印旛沼の無名橋

1キロ程西に来た。

印旛沼の無名橋

あれっ、こんなところに橋があったんだ。前に来たときは気付かなかったなぁ。一応チェックしておこう。

印旛沼の無名橋

北側より。

印旛沼の無名橋

案の定、銘板の類はなし。

印旛沼の無名橋

橋の上から東側を望む。

印旛沼の無名橋

そして西側。ここは調整池みたいなものなのかな?

印旛沼の無名橋

南側より。

印旛沼の無名橋

南側の袂から。



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3D立体パズル オランダの風車



興津歩道トンネル

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【名称】興津歩道トンネル(おきつほどうとんねる)
【所在地】勝浦市守谷/興津
【竣工】1981(S56)年3月
【延長】136m(「平成16年度道路施設現況調査」より)
【幅員】3.5m(同上)
【高さ】2.5m(同上)



2015年6月28日訪問

興津歩道トンネル

勝浦市守谷、興津隧道の東側にて。車道よりだいぶ手前から歩行者用のトンネルが用意されている。

興津歩道トンネル

東側坑口。

興津歩道トンネル

東側の扁額。「興津歩道トンネル/完成 昭和56年3月」

興津歩道トンネル

東側坑口から内部を望む。

興津歩道トンネル

内部から見た東側坑口。

興津歩道トンネル

カーブは最初だけですぐに直線に。

興津歩道トンネル

延長は136メートルと、車道の興津隧道(67m)の約2倍。

興津歩道トンネル

内部から見た西側坑口。

興津歩道トンネル

西側坑口。

興津歩道トンネル

西側の扁額。「興津歩道トンネル/完成 昭和56年3月」と刻まれているはず。

興津歩道トンネル

西側坑口から内部を望む。

興津歩道トンネル

西側より。



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300ピース ジグソーパズル 興津「興津川」(東海道五拾三次 )(26x38cm)



竜宮大橋

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【名称】竜宮大橋()
【所在地】山武郡九十九里町作田
【竣工】1998(H10)年3月
【延長】約50m(目測)
【幅員】約8m(目測)



2014年8月3日訪問

竜宮大橋

九十九里を流れる二級河川・作田川(さくだがわ)の右岸にて。現在地はこの辺り(←クリック)

竜宮大橋

本日のお題の橋。東側より。

竜宮大橋

まぁ、新しめの普通の橋だ(^-^;

竜宮大橋

南側より。

この道は千葉県道122号飯岡片貝線(いいおかかたかいせん)に指定されている。ところで、この近くに住んでいる知人に聞いたのだが、この辺りに地元の人に「巡見道路(街道?)」と呼ばれている道があるらしい。江戸時代に巡見使が通った道ということなのだろうけど、残念ながらどの道を指しているのか今のところはまだ不明。とりあえずメモということで(^-^;

竜宮大橋

南側左の親柱。「りゅうぐうおおはし」

竜宮大橋

南側右の親柱。「平成10年3月完成」

竜宮大橋

橋の上から東の下流方面を望む。隣の若潮橋が見える。

竜宮大橋

西の上流方面。

竜宮大橋

北側より。

竜宮大橋

北側左の親柱。「竜宮大橋」

竜宮大橋

北側右の親柱。「作田川」

竜宮大橋

西側より。



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黒糖焼酎 龍宮(りゅうぐう) 30度 900ml



田渕第一隧道

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【名称】田渕第一隧道(たぶちだいいちずいどう)
【所在地】市原市田淵
【竣工】1973(S48)年3月(改修?)
【延長】117m(「平成16年度道路施設現況調査」より)
【幅員】7.0m(同上)
【高さ】4.5m(同上)



2015年7月12日訪問
前回(2013年6月9日)

田渕第一隧道

市原市田淵、千葉県道172号大多喜里見線(おおたきさとみせん)にて。現在地はココ(←クリック) 東を向いている。オークビレッヂGCの正門の前で工事をしていた。

田渕第一隧道

あらあら、盛大に崩れちゃったんだなぁ(^-^;

田渕第一隧道

工期は8月24日までだったので、今頃はもうすっかり直っていることだろう。

     ※     ※     ※

田渕第一隧道

さて、坂を上り隧道に向かう。

田渕第一隧道

ちょっと窮屈そうな坑口だ(^-^;

田渕第一隧道

隧道の手前は一部道が付け替えられたようで旧道の痕跡が残っている。

田渕第一隧道

現道とけっこう高さの差がある。

田渕第一隧道

前に来たときもだが、やはりついつい行ってしまう。

田渕第一隧道

旧道の終端。

田渕第一隧道

さて、いよいよ隧道へ。西側坑口。

田渕第一隧道

不自然な道の取り付き(^-^; 法面を補強したりしてこうなってしまったのかな?

田渕第一隧道

扁額は撮り忘れていたらしい(^-^; 西側坑口から内部を望む。

田渕第一隧道

内部から見た西側坑口。

田渕第一隧道

内壁にスリットが。どういう役割があるのかな?

田渕第一隧道

平成16年度道路施設現況調査によれば、隧道が建設されたのは1973(昭和48)年ということになっているが、これは恐らく改修時期。隧道自体は戦前からあったようだ。延長から考えて隧道データベースに記載のある月出第1(延長112m、幅員3.5m、高さ4m、1908年竣功)がこの隧道に該当すると思われる。

田渕第一隧道

東側に抜ける。

田渕第一隧道

東側坑口。

田渕第一隧道

東側の扁額。「田渕第一隧道/昭和48年3月完成」

田渕第一隧道

それにしても、こちら側のポータル。真っ黒だ。お前、タブチじゃなくて松崎しげるなんじゃね?と思ったり…

時々、隧道が人のように思えてくる時がある、ビョーキだなぁ(^-^;

     ※     ※     ※

おまけ動画



     ※     ※     ※

◆◆◆隧ゲー道 第1回◆◆◆

真夏のうだるような暑い日の午後、湘南にある新興IT企業DDNG.comの本社社屋(賃貸アパート1階2DK)で、社長の土々郷美知太郎(どどごうみちたろう)は主任プログラマーの真木幾多郎(まききたろう)を社長室(四畳半和室)に呼び出した。

「真木ちゃん、なんかいい企画ないかなぁ?毎日コーヒー淹れたり同業者のサイトたり洗濯物を取り込んだりして、それなりに忙しいんだけど、ちょっと退屈でさぁ(-ω-)」

「はいぃぃ、実は考えている企画がありまして…」

「まじで?(゚д゚)ハッ!!」

「そうですねぇ、ブラウザケームを制作したらどうでしょう?」

「ブラウザゲーム? (・ω・)?」

「はいぃぃ。実はちょっとアイデアがありまして… 擬人化した隧道の萌えキャラクターをゲームの中で集めて、強化しながら敵と戦闘し勝利を目指すというものなんですが… どうでしょう?」

「いいね!それでいこう!」

トップ主導の迅速かつ機動的な経営の旨とする土々郷は即座にプロジェクトにゴーサインを発した。

「ところで、ゲームのタイトルはどうしよう?」

「う~ん、まだ考えていなかったんですよ…」

「隧道乱舞、トンネル&ドラゴンズ、隧道クエスト、ファイナルトンネル、、、なんてどうかな?」

「う~ん、どれもいまいちピンときませんねぇ」

「そうだねぇ。スーパートンネルブラザーズ、、、あ、これは真木ちゃんちか」

「あのう…」

真木がおそるおそる口を開いた。

「トンネルこれくしょん、略して【トンこれ】というのはどうでしょう?」

土々郷の目が輝いた。

「【トンこれ】… いいね!なんだか真木ちゃんの作るゲームにピッタリな気がするねぇ」

「はいぃぃぃ、思いついた瞬間に運命的なものを感じました」

「オーケー問題なし!じゃあ今日から真木ちゃんは【トンこれ】の制作に専念してね。ボクちんは真木ちゃんの作業を全面的にサポートするから(`・ω・´)キリッ」

「お任せください!最高のゲームに仕上げて見せます!」

それから毎日、土々郷は毎日、真木のために朝昼晩とコーヒーを淹れ、カップラーメンに湯を注ぎ真木の作業を支えた。いつしか彼のコーヒーを淹れるその腕前は名人級に、そして時計なしでも3分を正確に測ることができるようになっていた。

そんな土々郷の思いに応えるかのように、真木は全身全霊を注いでプログラミングを行った。その鬼気迫る姿を「まるで隧道の神に魅入られてしまったかのようだ」と土々郷は日記に記した。

そして1ヶ月後…

「社長、完成しました。わたくしめの自信作です!」

「まじで!見せて見せて!」

「はいぃぃぃ」

トンこれ

パソコンのモニタに【トンこれ】のスタート画面が表示された。

「これがトンネルを擬人化した萌えキャラ、トン娘(とんむす)です。彼女たちが熾烈な戦いを繰り広げながらゲームは進行します(-∀-)エッヘン」

「いいね!こりゃボクちんもハマっちゃいそうだよ。早速公開しよう。目標10万ユーザーだ(`・ω・´)」

「はいぃぃぃ、早速サーバーの準備をします!(・∀・)ニヤニヤ」

かくして、名作ブラウザゲーム「トンネルこれくしょん~トンこれ~」はリリースされたのだった。

(続く… かもしれない)

※この物語はフィクションです。実在の人物とは一切関係ありません。



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艦隊これくしょん –艦これ- 第1巻 通常版 [DVD]



鶴巻橋

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【名称】鶴巻橋(つるまきばし)
【所在地】印西市瀬戸
【竣工】1967(S42)年3月25日
【延長】約50m(目測)
【幅員】約3m(目測)



2014年11月2日訪問

鶴巻橋

北印旛沼と西印旛沼を結ぶ印旛捷水路脇にて。東側より。

鶴巻橋

水路の両岸で道の高さが違うようだ。こちら側からだと橋まで少し下る感じになる。

鶴巻橋

北印旛沼側より。

鶴巻橋

東側向かって右の親柱。無残にぶっ倒れたまま放置されている(^-^;

鶴巻橋

首を曲げて撮影。「つるまきばし」

鶴巻橋

東側向かって右の親柱。「昭和四十二年三月二五日竣功」

鶴巻橋

橋の上から西の西印旛沼方面を望む。正面に見えるアーチ橋は市井橋

鶴巻橋

東の北印旛沼方面。

鶴巻橋

西側より。

鶴巻橋

こちらの右側の親柱は倒れているどころか現存さえしていない(^-^; おそらく漢字表記で「鶴巻橋」と記された扁額があったのではないかと。

鶴巻橋

一方、左側の親柱は一番状態が良好。「昭和四十二年三月二五日竣功」


鶴巻橋

西側より。

鶴巻橋

そのまま西印旛沼方面に少し進むとサイクリングロード沿いの法面にプレートが据えられている。

鶴巻橋

「ナウマン象発掘地点」

生き埋めになったナウマン象、気の毒だったなぁ。しかも一万年以上経って掘り出されて皆に見られ羽目になるなんて(^-^;



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鶴巻星奈 GIRL A



蕪来三号隧道

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【名称】蕪来三号隧道(かぶらいさんごうずいどう)
【所在地】夷隅郡大多喜町小田代
【竣工】1953(S28)年(「平成16年度道路施設現況調査」より)
【延長】11m(同上)
【幅員】3.2m(同上)
【高さ】2.5m(同上)



2015年6月14日訪問
前回(2010年12月6日)

蕪来三号隧道

大多喜町小田代、現在地はココ(←クリック) 南を向いている。

堂々と駐車している車などがいて、いかにも行き止まりという雰囲気だが、もちろん地図の通りにこの先に道はある。

蕪来三号隧道

去年の2月、大雪の後にここに来てみた。ここから先は除雪や轍どころか誰も入った様子がなかった。一枚目の写真のところで必死に車を展開させたっけ(^-^; しかし、なんでそんな時にここに来てみようなんて思ったんだろう?(^-^;

蕪来三号隧道

前の写真から10メートル程進んでから何気なく右を振り返ると、地図にうっすらと描かれている道が見えた。あれ、法面に石仏らしきものがあるぞ。

蕪来三号隧道

お地蔵さん、、、なのかな?この先も気になるのだが、ヤマビルが怖いのでここで元の道に戻る。

蕪来三号隧道

車では何度か通った事があるののだが、対向車が来るとイヤなので、あまり落ち着いて走ったことがなかった。こういう道はやっぱりチャリで走るのがいいねぇ。

蕪来三号隧道

そして隧道の登場。

蕪来三号隧道

いかにも房総らしいこぢんまりとした素掘隧道。しかも二連というところも素晴らしい。上に登ってみたりしたいところだが、夏にそんなことをすると間違いなく脚がヤマビルだらけになる。さすがにそれはご免だ(^-^;

蕪来三号隧道

北側坑口。

蕪来三号隧道

北側坑口から内部を望む。

蕪来三号隧道

内部から見た北側坑口。

蕪来三号隧道

内部の見事な地層。

蕪来三号隧道

坂になっているのかと錯覚してしまいそうだが、水平でないのは地層の方だ。

蕪来三号隧道

そして南側へ。

蕪来三号隧道

南側坑口。

蕪来三号隧道

南側坑口から内部を望む。

蕪来三号隧道

南側より。

蕪来三号隧道

視線を感じたので蕪来(かぶらい)川の方を見ると、一匹の鹿と目が合った。しばらくお互いに様子をうかがい合ったが、ヤツはやがて前を向いて歩いて行った。

蕪来川は別名夕木川、ここからさらに上流に行くと筒森川とも呼ばれている。そして養老川の支流でもあるのだが、養老川との合流地点に弘文洞跡(川廻隧道が崩れた跡)があったりする。なお、この近くにも水路隧道がある。川に降りて遡上するのも楽しそうだ。

蕪来三号隧道

最後になったが、隧道の建設時期について。

いつもの「平成16年度道路施設現況調査」によれば、1953(昭和28)年ということになっている。しかしこのトンネルリストの建設年次、明らかに建設年じゃなくて改修時期であるケースが多々あるのだが、この隧道に関してはひょっとしたら、これが正解なのかもしれない。

今昔マップで昭和19年部修・昭和22年5月30日発行の1/50000「大多喜」を見ると隧道の記号はないし道の場所が現在とかなり違って描かれている。

もっとも、地形図と実際の道の違い(要は地図の誤記)は何度も見かけているのでなんとも言えないが(^-^; 旧地形図を信じれば山の中に旧道があるはず。寒くなったら旧道探しをするのも面白そうだ。

     ※     ※     ※

おまけ動画





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3万円ではじめるネット株




新阿宗橋

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【名称】新阿宗橋(しんあそうはし)
【所在地】八千代市保品/堀の内
【竣工】2004(H19)年3月
【延長】約60m(目測)
【幅員】約8m(目測)



2015年9月13日訪問
前回(2013年8月25日)

新阿宗橋

八千代市保品、千葉県道406号八千代印旛栄自転車道線(やちよいんばさかえじてんしゃどうせん)の起点。名前の通り車両通行禁止の県道だ。

新阿宗橋

その袂が県道の起点になっている阿宗橋。

新阿宗橋

橋の上から西を見るとすぐ近くに新しい橋が架かっている。本日のお題の新阿宗橋だ。

現時点(2015年9月21日)では、ネットの地図上では記されてはいるものの道が途切れているかのように見える。一昨年来たときは北の阿宗二号橋から先の道がまだ手つかずだった。果たしてどうなっているのかと思ってやってきてみたら車が走っている。いつの間にか供用が開始されていたようだ。よし、行ってみよう。

新阿宗橋

東側より。

新阿宗橋

ん、浮桟橋があるぞ。

新阿宗橋

せっかくなので、浮桟橋に乗って一枚。でもグラグラ揺れるところでファインダーを覗くのはちょっと怖かった(^-^;

新阿宗橋

振り返ると排水口があった。

新阿宗橋

上に戻って南側より。

道路標識に自転車道が記されている。車は通れないのになぁ。

新阿宗橋

左のサイクリングロードは県道指定されていないと思ったのだけど… それとも指定が変更されたのかな?

新阿宗橋

南側左の銘板。「新阿宗橋」

新阿宗橋

南側右の銘板。「一級河川 印旛放水路」

印旛放水路は新川の別名もある。一定の水位を超えると八千代市村上の大和田排水機場から花見川に放水が行われ水は東京湾に注ぐ仕組みになっている。

新阿宗橋

橋の上から東の印旛沼方面を望む。

新阿宗橋

西の花見川方面。

新阿宗橋

北側より。

新阿宗橋

北側左の銘板。「しんあそうはし」

新阿宗橋

北側右の銘板。「平成19年3月完成」

完成してから少なくとも6年は放置されていたんだよなぁ(^-^;

新阿宗橋

西側より。



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昭和天皇の御巡幸



阿宗2号橋

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【名称】阿宗2号橋(あそうにごうきょう)
【所在地】八千代市堀の内
【竣工】2013(H25)年3月
【橋長】約20m(目測)
【幅員】約8m(目測)



2015年9月13日訪問
前回(2013年8月25日)

阿宗2号橋

八千代市堀の内、千葉県道263号八千代宗像線(やちよむなかたせん)の新道(バイパス区間)にて。

昨日紹介した新阿宗橋の北側になる。そして、この先にもう一本橋が架かっている。

阿宗2号橋

前の写真から50メートル程進んだところ。

阿宗2号橋

たまたまほぼ同じ場所から撮った工事中の写真があった。

「ボヌール」の看板の色が違う!!∑(゚д゚; )

阿宗2号橋

西側左の銘板。「阿宗2号橋」

阿宗2号橋

右の銘板は… (^-^;

阿宗2号橋

前に来たときにもチェックしているのだが、念のため草をかき分けて…「平成25年3月完成」

新阿宗橋と完成に6年の開きがある(^-^;

阿宗2号橋

橋の上から南側を望む。赤い欄干は旧道の阿宗橋。

阿宗2号橋

北側を望む。

阿宗2号橋

東側より。

阿宗2号橋

東側左の銘板。「あそうにごうきょう」

阿宗2号橋

東側右の銘板。「平成25年3月完成」

阿宗2号橋

南側より。

阿宗2号橋

北側より。

阿宗2号橋

一通り撮ったので撤収、と思ったら…

阿宗2号橋

あんなところに銘板があるよ(^-^; 仕方ないチェックしに行かなきゃ。

阿宗2号橋

ということで、西側の袂に戻って欄干を乗り越えガサゴソ。

阿宗2号橋

「阿宗2号橋/2013年3月/千葉県/道示(2012)B活荷重/定着方法:プレテンション方式/設計:株式会社建設技術研究所(坂梨和彦)/施行:株式会社ピーエス三菱(石崎克匡)」

なんと担当者名入り。これはちょっと珍しいか?

     ※     ※     ※

阿宗2号橋

さて、従来の道との接続部分はどうなっているのだろう。確かこの先、元々の県道にほぼ垂直にぶつかっていたはず。ってか、左にカーブしてるぞ。

阿宗2号橋

50メートルほど進んで従来からある区間から振り返り。

元々県道はここから真っ直ぐ阿宗橋に向かっていたのだが、正面の道を一部廃止し旧道は敢えて迂回するようなルートにされている。そうして強引に(?)新道の方に誘導しようとしているようだ(^-^;

阿宗2号橋

言葉で説明するのは大変だし判りにくいので、地図を加工して… と思ったのだが、国土地理院の地図は既に更新されていた。同地図をトリミングだけして掲載。

阿宗2号橋

取り残された短い廃止区間。

なお、県道のバイパスはさらに東にも伸びるようだ。ガードレールも仮設のものだし、いずれここの姿は更に変わりそうだ。



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祖父・吉田茂の流儀



金山隧道

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【名称】金山隧道(かなやまずいどう)
【所在地】鴨川市打墨
【竣工】1958(S33)年(「平成16年度道路施設現況調査」より)
【延長】147m(同上)
【幅員】3.5m(同上)
【高さ】3.2m(同上)



2015年9月6日訪問

金山隧道

鴨川市打墨、現在地はココ(←クリック) 左を進むと集落に、そして右の隧道のある道は金山ダムの堤体脇を通りその奥の林道に続いている。

金山隧道

左の道の先にも行ってみたかったのだが、この日は時間がなくて省略。

金山隧道

「金山城址」と刻まれた石碑があるのだが、金山城址はここではなくて左の道を進んだ先にあるようだ。

金山隧道

さて、それでは隧道に。西側坑口。

金山隧道

西側の扁額。「金」「山」「隧」「道」

金山隧道

西側坑口から内部を望む。

金山隧道

内部から見た西側坑口。

金山隧道

少し進むと内壁は吹きつけに変わる。元々は素掘だったのかな?

金山隧道

このエリア、稲川淳二のおかげで、心霊スポットとして有名になってしまったらしいけど(´Д`)ハァ…

業界外の人に「トンネルを見に行く」という話をすると、かなり高い確率で「出るんじゃない?」と言われる。そんなステレオタイプな返事を聞くとイラッとしてしまうのだが、おいらは心が狭いのかなぁ(^-^;

金山隧道

東側に抜ける。

金山隧道

東側にはロックシェッドが設置されている。

金山隧道

東側坑口。

金山隧道

扁額がロックシェッドに隠されかけている。

金山隧道

東側坑口から内部を望む。

金山隧道

あれは何だろう?

金山隧道

東側より。

金山隧道

ロックシェッドにも扁額があった。「金山隧道」

金山隧道

脱輪したらイヤだなぁ(^-^;

金山隧道

金山ダムの堤体が見える。1962年に竣功した灌漑用アースダムだ。

金山隧道

少し離れて東側より。

     ※     ※     ※

おまけ動画





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金山一彦流チャーハンの極意&おかずの素スペシャル



赤目橋

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【名称】赤目橋(あかめはし)
【所在地】長生郡白子町北日当/茂原市粟生野
【竣工】2006(H18)年7月
【橋長】約20m(目測)
【幅員】約7m(目測)



2015年5月24日訪問

赤目橋

九十九里平野を流れる二級河川・南白亀川の右岸にて。現在地はココ(←クリック)

このまま川沿いの道を進んで支流の赤目川沿いに進みたいと思ったのだが…

赤目橋

あっという間に刈払い終了。引き返そっと(^-^;

赤目橋

あの堤のところはもう赤目川かな?

赤目橋

でまぁ、川沿いのダートに復帰。現在地はココ(←クリック)

赤目橋

すぐに左の舗装路に合流した。なんだぁ、舗装路でよかったか(^-^;

赤目橋

そして水門が登場。

赤目橋

併設された橋の上にて。

赤目橋

橋の上から東の下流方面を望む。

赤目橋

西の上流方面。正面に見えている橋が本日のお題の赤目橋。

赤目橋

右岸のゲートは水を堰き止めていた。

赤目橋

左岸のゲート。

赤目橋

左岸のゲートの銘板。「北日当1号可動堰(左岸) <以下省略>」

右岸のゲート(北日当2号可動堰)にも銘板があったのだが、釣りをする親子連れがいたので写真はなし。

     ※     ※     ※

赤目橋

さて、堰を後にして赤目橋へ。

赤目橋

新しめの、まぁ普通の橋だ(^-^;

赤目橋

南側より。なお、ここは千葉県道138号正気茂原線(まさきもばらせん)だ。

この県道が行政界になっていて、東(向かって右)が白子町北日当(きたひなた)、西が茂原市粟生野(あおの)になっている。

なお、現在では真っ直ぐ東西に流れている赤目川だが、以前はこの付近でかなり蛇行していたようだ。川の北側、県道の左右にクネクネ曲がった水の印があるが、そこが元々の川筋だったようだ。せっかくだから見に行けばよかったなぁ… って、このことに気付いたのはついさっきなのだけど(^-^;

赤目橋

南側左の銘板。「あかめはし」

赤目橋

南側右の銘板。「平成18年7月竣工」

赤目橋

橋の上から東の下流方面を望む。

赤目橋

西の上流方面。

赤目橋

北側より。

赤目橋

北側左の銘板。「赤目橋」

赤目橋

北側右の銘板。「赤目川」

赤目橋

西側より。



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赤目四十八瀧心中未遂



興津小学校の隧道

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【名称】不明
【所在地】勝浦市興津
【竣工】1975(S50)年12月(勝浦市Webサイトより)
【延長】約50m(目測)
【幅員】約4m(目測)
【高さ】約4m(目測)



2015年6月28日訪問

興津小学校の隧道

勝浦市興津、現在地はココ(←クリック) 正面に見えるのはJR外房線の興津川橋梁。

興津小学校の隧道

線路の下を通って、その先の左にある橋を渡ると…

興津小学校の隧道

正面に隧道が現れる。

興津小学校の隧道

北側坑口。

思っていたよりワイルドな外観だ (゚д゚)ハッ!!

興津小学校の隧道

というのも、ここは小学校の通学路だから。明らかに通学専用のトンネルなので、小綺麗なものを想像していたのだが、ちょっと嬉しい誤算。

興津小学校の隧道

北側坑口から内部を望む。

興津小学校の隧道

内部からみた北側坑口。

興津小学校の隧道

最近の小中学校は部外者立入禁止になっているところが多いが、ここは特にそのような掲示はなかった。ちょっとビクビクしてしながらも、せっかくなので中へ。

興津小学校の隧道

南側坑口に近づくと内壁に絵が描かれていた。

興津小学校の隧道

内部から見た南側坑口。

興津小学校の隧道

トンネルを抜けた先はそのまま小学校の敷地。

興津小学校の隧道

南側坑口。

興津小学校の隧道

南側坑口から内部を望む。

興津小学校の隧道

少し離れてもう一枚南側より。

興津小学校の隧道

キョロキョロすると、用具置き場らしき建物に…

勝浦のゆるキャラ「かっぴー」だ∑(゚д゚; ) 勝浦と言えばカツオ、名前は勝浦とカツオの両方にかけているのだろう。松の家さんに泊まる時もほぼ毎回カツオのお刺身を頂いている。でも、カツオ顔のかっぴーくん、ぶっちゃけ… あまり可愛いとは思えないぞ( ;´Д`)


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匂いまで愛されるCD「薔薇の香水師」 No.06 紫雲アヤメ cv.興津和幸




田代滝など

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【名称】田代滝
【所在地】夷隅郡大多喜町田代
【建設】江戸時代以前?
【落差】9.5m
【幅】15m



2015年8月9日訪問

田代滝など

千葉県道177号勝浦上野大多喜線(かつうらうえのおおたきせんにて。現在地はココ(←クリック) 南を向いている。

正面に見える案内板は何?

田代滝など

「伝説の名瀑 田代滝」だって∑(゚д゚; ) なになに?事前知識なしで来たのだが、こりゃ見に行ってみるしかない!

田代滝など

でーもー、左を向いても…

田代滝など

右を向いても、「伝説」と言われるようなスゴイ滝がありそうな地形はなさそうなのだけど?

田代滝など

考えていても仕方がないので案内板にしたがってグダグダ悩まずにダート道を進むことに。

田代滝など

300メートル程進んで、現在地はココ(←クリック) 行き止まりが見えてきた。たまたまなのか常時なのか判らないが、ここまで綺麗に刈払いされていた。でも滝のありそうな雰囲気は…?

田代滝など

行き止まりに案内板の残骸があった。とりあえずここまでの進路は間違いなさそうだけど?

田代滝など

半信半疑で植林地の中へ進む。

田代滝など

50メートルぐらい進むと水の音が聞こえてきた。

田代滝など

川に出ると見えた!

田代滝など

「伝説の名瀑」と言われるだけあって、小振りながらもなかなか良い感じの滝だ。

って、実は伝説というのは、文字通りこの滝にまつわる伝説があるから。かつて若者が滝壺に斧を落とし、それを探しに水に飛び込んだら機織りをする娘がいて、「私のことを誰にも言わないのなら…」と、しかしその娘は大蛇で… と、どこかで聞いた事のある話が組み合わさったような伝説があるとのこと。

この伝説については千葉県のウェブサイト「(大多喜町)田代滝の機織り姫」を参照のこと。

田代滝など

石を伝っていけばもう少し近づけそうだ。ルートを決めて、慎重にジャンプして滝に近づく。

田代滝など

ここが限界地点。これ以上近づくには装備が必要だ。

田代滝など

二筋の流れを持つ滝。うっそうとした木の陰にある姿は風格がある。

ところがこの滝、こんな見かけや伝説まであるというのに、実は人工の滝だという話もある。いわゆる川廻しの滝ということになる。ただ、Wikipediaの田代滝の項では自然に生じたもののように記述されている。

     ※     ※     ※

【名称】不明
【所在地】夷隅郡大多喜町田代
【竣工】不明
【延長】約20m(目測)
【幅員】約2m(目測)



2015年8月9日訪問

田代滝など

さて、滝を後にして現在地はココ(←クリック) この先に滝の上流に架かる橋があるようだ。

田代滝など

見えてきた。

田代滝など

2トンの制限が。ってことはランクルは通行禁止?

田代滝など

北側より。

田代滝など

橋の上から東の下流方面を望む。堰があるが、その先で川は北にカーブしたところに田代滝があるはず。長靴があればよかったなぁ…

田代滝など

西の上流方面。

田代滝など

南側より。

田代滝など

北側に戻って袂から堰の方に行ってみることに。橋桁はコンクリ製のようだ。

田代滝など

滑って転ばないように慎重に…

田代滝など

東側より。



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田代さやか おしえてさやか [DVD]



(仮称)長谷隧道

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【名称】長谷隧道(ながやずいどう)
【所在地】茂原市長谷/内長谷
【竣工】不明
【延長】53m(「平成16年度道路施設現況調査」より)
【幅員】3m(同上)
【高さ】2.6m(同上)



2015年9月20日訪問
前回(2011年7月11日)

(仮称)長谷隧道

茂原市長谷。現在地はココ(←クリック) 西を向いている。なお、地名の長谷は「はせ」ではなくて「ながや」と読む。

(仮称)長谷隧道

前の写真から100メートル程進んできた。えっとー、ここだっけかな?

(仮称)長谷隧道

そうそう、ここだ。民家のように見えるが、長照寺というお寺さんだ。

(仮称)長谷隧道

前回来たときは、お犬さまがワンワンと吠えて大変だったんだよなぁ… おそるおそる進む。まだ大丈夫だ。

(仮称)長谷隧道

お墓の先にあったはず… と思ったら、ここでお犬さまの吠え声が( ;´Д`) 2匹そろってワンワンワンワン( ;´Д`) 狛犬さまじゃないんだからさぁ… ってか、狛犬は神社だし。あれ、狛犬って犬じゃないんだっけ?どんな鳴き声ってことになっているのかな?

(仮称)長谷隧道

鳴き声を気にしていても仕方ないのでそのまま前進。そして見えてきた。

(仮称)長谷隧道

doodoongooさんやまききさんと「今度ご一緒に」って話していたのだけど、独りで来ちゃった。申し訳ない(^-^;

(仮称)長谷隧道

南側坑口。

(仮称)長谷隧道

南側坑口から内部を望む。

(仮称)長谷隧道

内部から見た南側坑口。

(仮称)長谷隧道


房総の素掘隧道といえば、五角形の観音掘が有名だが、ここは長方形。

(仮称)長谷隧道

このような綺麗な長方形の素掘隧道、同じく茂原市押日の花立隧道や近くの大網白里市砂田(いさごだ)にある砂田隧道の例もある。ただ、ここは前掲2者とは地質が違うようだ。

(仮称)長谷隧道

ここは崩落したようだ。

(仮称)長谷隧道

前回来たときもそうだったのだが、この隧道、現在では日常的に使われている様子がない。場所的に車道とは考えがたいので、農作業に向かう道として作られたと考えるのが自然かしら?

(仮称)長谷隧道

隧道は中央付近で軽くカクッと曲がっている。カーブではなくて、折れているのだ。測量をやりそこなってこうなってしまったのかな?(^-^;

(仮称)長谷隧道

内部から見た北側坑口。

(仮称)長谷隧道

あれっ、いつの間にか断面が円くなっているぞ?

(仮称)長谷隧道

そして北側へ。

(仮称)長谷隧道

北側坑口。

(仮称)長谷隧道

北側坑口から内部を望む。

(仮称)長谷隧道

北側の道はすぐ右に直角カーブしている。

(仮称)長谷隧道

その先は雑草だらけでどこが道なのかよく解らない状態(^-^; 前回は強引に進んで妙照寺の横にの道に出たのだが、今回は素直に引き返そう。

(仮称)長谷隧道

北側の全景を撮りたかったのだが、丁度良い場所がなくてこれが精一杯だった。

     ※     ※     ※

おまけ動画。





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長谷園 かまどさん二合炊(直火専用) CT-03



松保橋

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【名称】松保橋(まつほばし)
【所在地】八千代市保品/堀の内
【竣工】(H5)年
【橋長】約50m(目測)
【幅員】約3m(目測)



2015年9月13日訪問

松保橋

八千代市保品、現在地はこの辺り(←クリック) 印旛放水路(新川)脇の道を西に進んでいる。

道の脇にある桜の木、一本一本に札が架かっている。「結婚●●周年」というのが多かったかな?記念植樹の企画でもあったのだろう。

松保橋

橋が現れた。東側より。

松保橋

この辺りは古地形図を見ると元々の印旛沼の西端付近。干拓してこの新川ができたようだ。

松保橋

南側より。

松保橋

南側左の親柱。「松保橋」

松保橋

南側右の親柱も「松保橋」

ここ、普通なら河川名(印旛放水路)が入るところだが、この橋はスルーしているようだ。比較的幅員の大きい橋(阿宗橋、新阿宗橋、神尾橋)は河川名を載せている。管轄が違うからかしら?

松保橋

下に降りてみようかと思ったのだが、テラテラヌラヌラした液体がこぼれていたので辞めておいた(^-^;

松保橋

橋の上から東の印旛沼方面を望む。赤い橋は今年供用開始(完成は平成19年)となった新阿宗橋

松保橋

西の花見川方面。

松保橋

北側より。

松保橋

北側左の親柱。「まつほばし」

松保橋

北側右の親柱。「平成五年三月竣工」

松保橋

下に降りてみた。

松保橋

橋桁の下より。

松保橋

橋台に木の板で作った何かの道具らしきものが?

松保橋

塗装銘板。竣工以来再塗装はされていないようだ。

松保橋

西側より。



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「待つ」ということ (角川選書)



分付橋など

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【名称】分付橋(ぶんつけばし)
【所在地】香取郡多古町次浦/南玉造
【竣工】1955(S30)年8月
【橋長】32.04m(「平成23年度多古町橋梁長寿命化修繕計画・概要版」より)
【幅員】1.8m(同上)



2015年7月19日訪問
前回(2014年4月27日)
前々回(2012年6月10日)
その前(2011年2月6日)

分付橋など

栗山川の右岸を上流方面に走っている。現在地はこの辺り(←クリック)

分付橋など

先に見えるのは本日のお題、歩道橋の分付橋。

分付橋など

ふと横を見ると、太陽光発電施設が。多古米を作るより太陽光発電の方が儲かるということか… ちょっと寂しいけど、88の手間が掛かるという米作りより太陽光発電の方が美味しいよなぁ( ;´Д`)

分付橋など

さて、分付橋を西側より。

分付橋など

北側の袂より。

分付橋など

北側右の親柱。「ぶんつけば(変体仮名)し」

分付橋など

北側左の親柱。「昭和参拾年八月竣工」

分付橋など

鉄パイプを乗り越えて橋の上へ(^-^;

分付橋など

橋の上から西の下流方面を望む。

分付橋など

東の上流方面。

分付橋など

南側より。

分付橋など

南側右の親柱。「分付橋」

分付橋など

南側左の親柱。「昭和丗年八月竣工」

分付橋など

さて、再び右岸に戻り上流方面に向かう。支流との合流点。支流の名前は地図等には載っていないが、途中にある新里大橋の銘板によれば「新川」というらしい。

分付橋など

なにやらモワモワと煙が立ちこめている(^-^; 野焼きしているのかな?

分付橋など

ブログ中、昨年の様子も紹介した水神橋。震災以降改修を受けたのだが、パッと見たところ去年と様子は変わっていないようなので、このままスルー。

というのも、橋の袂で近所のおっちゃんらしき人が盛大に野焼きをしていたから。しかも、普通に焼くとヤバそうなモノまで燃やしていたから(^-^; あまり近くで写真を撮りまくったりしたら、警戒されて何か言われそうなので、この一枚だけ撮って退散した次第(^-^; おっちゃん、さすがにアレを燃やすのやまずいんじゃないっすか?(^-^;



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軽トラック/バン用タイヤ 12インチ DUNLOP( DV-01)145R12(6P)4本セット



広田橋

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【名称】広田橋(ひろたばし)
【所在地】市原市瀬又/押沼
【竣工】1991(H3)年3月
【橋長】約30m(目測)
【幅員】約3m(目測)



2014年8月17日訪問

広田橋

市原市を流れる二級河川村田川、その右岸を下流に向けて走っている。現在地はココ(←クリック)

広田橋

次の橋が見えてきた。東側より。

広田橋

北側より。

広田橋

北側左の親柱。「ひろたばし」

広田橋

北側右の親柱。「平成3年3月」

広田橋

橋の上から東の上流方面を望む。

広田橋

西の下流方面。

広田橋

水鳥が機嫌良く泳いでいた。

広田橋

南側の道は舗装こそされているものの随分と細い。付近は休耕地なのだろうか?

広田橋

南側より。

広田橋

南側左の親柱。「広田橋」

広田橋

南側右の親柱。「二級河川 村田川」



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広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書)



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