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南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

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【名称】不明
【所在地】南アルプス市芦安芦倉
【竣工】不明(1960年頃?)
【延長】約30m(目測)
【幅員】約3m(目測)
【高さ】約3m(目測)



2015年11月18日訪問

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

南アルプス林道・広河原から2本目の隧道を東に抜けようとしている。その先には早速次の隧道が待ち構えている。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

3本目の隧道。西側より。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

西側坑口。この隧道も扁額等がなく名称などの素性は一切不明( ;´Д`)

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

西側坑口から内部を望む。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

内部から見た西側坑口。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

この隧道も隣と同様に中間部分はモルタル吹きつけ。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

それにしても、この凸凹ぶりは… (^-^;

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

って、そこがいいところなのだ( ̄ー ̄)ニヤリ

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

東側の坑口近くで軽くカーブしている。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

隧道を抜けた先には橋が架かっている。内部から見た東側坑口。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

東側坑口。

南アルプス林道・広河原から3本目の隧道

いくら目を凝らしても扁額はないのだが、つい習慣でココを撮ってしまうんだよなぁ(^-^;



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ゼンリン住宅地図 B4判 南アルプス市 (山梨県) 発行年月201510 19208010N




嘉助橋

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【名称】嘉助橋(かすけはし)
【所在地】南アルプス市芦安芦倉
【竣工】1983(S58)年7月
【延長】約20m(目測)
【幅員】約4m(目測)



2015年11月18日訪問

嘉助橋

昨日に続き南アルプス林道にて。広河原から3本目の隧道を抜けるとそのには橋が架かっていた。北側より。

嘉助橋

北側左の銘板。「嘉助橋」 この橋が架かる沢の名前から採られている。

嘉助橋

北側右の銘板。「かすけはし」

嘉助橋

橋の上から野呂川方面を見下ろす。

嘉助橋

沢の上流方面。

嘉助橋

南側より。

嘉助橋

南側左の親柱。「嘉助橋」

嘉助橋

ガードレールにも銘板がある。「嘉助橋」「昭和58年7月竣工」

この道の前身となる野呂川林道が開通したのは1962(昭和37)年。とうことはこの橋は開通後に架け替えられたということか。しかし親柱や橋台は旧橋のものを流用したのかもしれない。

嘉助橋

南側右の親柱。「かすけはし」

嘉助橋

そしてガードレールの銘板。これも同じく「かすけはし」

嘉助橋

先ほども書いたが、沢の名前は嘉助沢。「むか~し、むかし、嘉助という男が…」という逸話でもあるのかもしれない。江戸時代から芦安の村人は野呂川の上流まで入って炭焼きなどをして生計を立てていたそうだ。林道もない頃、徒歩でこのような山奥まで入ってきていたとは!

嘉助橋

袂から。

嘉助橋

橋歴板があった。「嘉助橋/1983年7月/山梨県/道示(1980)2等橋/使用鋼材 SM50A SS41/製作 飯田鉄工株式会社」と書いてあるようだ。

嘉助橋

最後に少し離れてもう一枚南より。

     ※     ※     ※

おまけ動画。西の2本の隧道と一緒に。





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壱岐の華 初代嘉助 25度 1800ml



向畑2号隧道跡

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【名称】向畑2号隧道
【所在地】南房総市和田町小川
【竣工】1934(S9)年(「隧道データベース」より)
【延長】17.5m
【幅員】3.1m
【高さ】不明



2015年4月19日訪問

向畑2号隧道

南房総市和田町小川、千葉県道296号和田丸山館山線(わだまるやまたてやません)にて。現在地はココ(←クリック)

この先に昔隧道があったはずなのだが…

向畑2号隧道
(この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。)

ということで、いつものように予習。左は昭和57年発行の地形図、右は現在の地形図。赤丸で囲まれた場所、現役の向畑隧道の北側に短い隧道の記号がある。

向畑2号隧道

冒頭の写真から数メートル進んでカーブを過ぎたところ。地図によればココが隧道跡のはず。しかし、隧道の痕跡は見あたらないぞ? 奥に見えるのは向畑隧道。

向畑2号隧道

今度は航空写真を見てみよう。これは国土交通省が1974(昭和49)年12月31日に撮影したもの(CKT7414-C29B-17)を拡大修正したもの。

赤丸の中に注目。そう、場所は間違っていなかった。確かにここに隧道は存在していたのだ!

向畑2号隧道

ざっくりと山を削り取ってしまったようだ。この写真は向畑隧道方向に立って右を見たもの。左の写真は撮っていなかった。あまりの痕跡のなさに、これは地図の間違いじゃないかと思って、あまり熱心に写真を撮っていなかったようだ(^-^; 航空写真がなかったらそのまま地図の誤植ってこと済ませていただろうなぁ(^-^;



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既製 印鑑 認印 三文判 黒ボディ 10mm 向畑



(仮称)稲荷参道隧道

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【名称】不明
【所在地】長生郡長柄町桜谷/山根
【竣工】1932(S7)年12月25日(道路開通)
【延長】約5m(目測)
【幅員】約2m(目測)
【高さ】約2m(目測)



2013年11月24日訪問
前回(2011年10月2日)

(仮称)稲荷参道隧道

長柄町桜谷(さくらや)、現在地はココ(←クリック) 北西を向いている。長柄町役場から自転車でほんの10分、言わば町の中心部にほど近いエリアなのだが(笑)、この先に知る人ぞ知る隧道がある。

(仮称)稲荷参道隧道

山に入ると同時に舗装は途切れる。

(仮称)稲荷参道隧道

綺麗な切り通し。

(仮称)稲荷参道隧道

この後の展開を見て貰えば明らかなのだが、この道を普通に通行する人はほとんどいないはず。なのに、どういう訳か道はそれなりに整備されている。
さて、そろそろ見えてくるはずだ。

(仮称)稲荷参道隧道

あった!

(仮称)稲荷参道隧道

小振りだが円い断面が素敵な隧道。南側より。

(仮称)稲荷参道隧道

隧道の手前に金属製の蓋が…

(仮称)稲荷参道隧道

「合同資源産業(株)」 ってことは、ガス管が埋設されているのか?ここまでの道がそれなりに整備されている理由はたぶんコレのおかげだろう。

(仮称)稲荷参道隧道

坑口の左にある記念碑。「稲荷参道開通記念」と記されている。

「稲荷」というのは、ここの北西にある山根稲荷神社を指すようだ。

(仮称)稲荷参道隧道

そして石碑に記された日付は「昭和七年十二月二十五日」 キリストの誕生日に神社への参道の開通をお祝いしたのね(^-^;

(仮称)稲荷参道隧道

さて、隧道の直上には切り通しに見えなくもない小さな凹み。思い込むと、何でもソレっぽく見えてしまうんだよなぁ(^-^; でも、一応は確認しとかなきゃ。

(仮称)稲荷参道隧道

南側坑口から内部を望む。

(仮称)稲荷参道隧道

内部から見た南側坑口。

(仮称)稲荷参道隧道

隧道の延長は5メートル程だろうか。北側坑口の先は…

(仮称)稲荷参道隧道

一気に下り坂。さすがの某氏もここに車で乗り入れることはないだろう。

(仮称)稲荷参道隧道

北側坑口。

(仮称)稲荷参道隧道

北側坑口から内部を、というか振り返り。

(仮称)稲荷参道隧道

北側の道だが、この時は大きな倒木が横たわっていた。しかし、この先の道も一応は手入れされている様子。

(仮称)稲荷参道隧道

北側より。

(仮称)稲荷参道隧道

そうそう、さっき気になったアレ(切り通しに見えなくもない凹み)を確かめなきゃ…

(仮称)稲荷参道隧道

う~~ん、微妙(^-^; 踏跡のように見えなくもないが、隧道ができてから80年以上も経っているしなぁ(^-^;

(仮称)稲荷参道隧道

先ほどココを見上げた隧道の南側地点を見下ろす。

(仮称)稲荷参道隧道

振り返って、北側の道を見下ろす。

(仮称)稲荷参道隧道

さて、ひとしきり隧道を堪能し、さらに奥に向かうことにする。地図によれば西側の車道と繋がっているはずなのだが、以前来たとき藪が酷くて通ることができなかった。果たして今回は?

なおこの道、林道桜谷線という名前があるそうだ(情報提供:んごすさん) 隧道から数メートル進むと…

(仮称)稲荷参道隧道

林道標識が落ちていた (゚д゚)ハッ!!

でも、路線名書いてないし(^-^;

(仮称)稲荷参道隧道

隧道までとは打って変わって道は徐々に荒れ始めた。

(仮称)稲荷参道隧道

写真はないのだが、この先で藪が酷くなり、倒木もあったので自転車にはお留守番してもらった。

(仮称)稲荷参道隧道

路肩が大規模に崩落してる。おかげで道幅が約半分に(^-^;

(仮称)稲荷参道隧道

ガードレールが現れた。時折車の通る音も聞こえる。もう少しだ!

が、、、

(仮称)稲荷参道隧道

笹と雑木に取り囲まれてしまい、またしても前進不能( ;´Д`) スマホアプリのGPSロガーを見ると、あともう少しというところだったのになぁ。残念。

3回目の挑戦はあるのだろうか… あれ、いつの間にかこの時から2年経っていたよ∑(゚д゚; )ガーン



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稲荷の独習数学



安能橋

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【名称】安能橋(あんのうばし)
【所在地】印西市山田/吉高
【竣工】1966(S41)年3月
【延長】約50m(目測)
【幅員】約4m(目測)



2014年11月2日訪問

安能橋

印西市山田、北印旛沼と西印旛沼を結ぶ印旛捷水路の脇にて。現在地はこの辺り(←クリック) 北東の北印旛沼方面に進んでいる。

安能橋

赤く塗装された橋が本日のお題。まぁ普通の橋だけど(^-^; 欄干に取り付けられた看板(標識?)は船に向けたものらしい。写真では見づらいが、左の赤には「工事中」、右の水色には「航路」と書かれている。

安能橋

東側の袂より。

安能橋

東側より。

安能橋

東側左の親柱。「あんのうばし」

安能橋

東側右の親柱。「昭和四十一年三月竣功」

安能橋

橋の上から南の西印旛沼方面を望む。

安能橋

手前の桁橋は鶴巻橋。奥のアーチ橋は市井橋

安能橋

北の北印旛沼方面。トラス橋は京成成田空港線(成田スカイアクセス線)の橋梁。

安能橋

船はあの枠の中を通れってことか…

安能橋

西側より。

安能橋

西側左の親柱。「安能橋」(たぶん)

安能橋

西側左の親柱。「昭和四十一年三月竣功」



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鹿児島・種子島産 大きさ無選別 安納芋 訳あり 家庭用 10kg



田之倉橋

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【名称】田之倉橋(たのくらばし)
【所在地】香取市西田部/香取郡多古町本三倉
【竣功】1963(S38)年3月
【延長】約30m(目測)
【幅員】約5m(目測)



2015年7月19日訪問
前回(2011年2月13日)

田之倉橋

栗山川の右岸にて、上流方向に向かっている。現在地は… どこだっけ? 水神橋から北(上流方面)にしばらく進んできたところのはずではあるのだが(^-^;

ところで、地図を見ていて気付いたことがある。水神橋とこの先の田之倉橋の間の栗山川の右岸、基本的には多古町本三倉(もとみくら)と谷三倉(さくみくら)の領域だが、少しだけ香取市西田部(にしたべ)になっているエリアがある。

田之倉橋
(この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。)

ということで、今昔マップをチェックしたところ、案の定、川の流れが現在と少々違っていた。戦後に河川改修と耕地整理がなされて現在の姿になったのだろう。

     ※     ※     ※

田之倉橋

現在地はココ(←クリック) もうすぐ県道に出るというところ。川には堰があるようだ。

田之倉橋

そして正面には水路に架かる小さな橋。

田之倉橋

上の小さな橋の上から栗山川を。

田之倉橋

西にはポンプ場。

田之倉橋

そのまま進みたいところだが、川沿いの道は通行止めになっていた。

田之倉橋

休工中のようだが、何をしているのだろう?土が盛られているのが見えたので無理に進むのも大変そう。ということで素直に迂回する。

なお、正面に見えるのが本日のお題。

田之倉橋

県道に出て西側から橋に向かう。

田之倉橋

「橋台工事をおこなっています」「県単耐震橋梁緊急架替工事(A2橋台工)」∑(゚д゚)

この橋、架け替えられることになったのかぁ。A2というのが謎だったので検索してみたのだが、どうやら道の起点側の橋台がA1、終点側がA2となるらしい。けど、少し疑問が…

田之倉橋

橋台はほとんど完成しているようだ。

田之倉橋

さて、架け替えまであとわずか(?)の田之倉橋。西側より。

田之倉橋

西側右の親柱。「田之倉橋」

田之倉橋

西側左の親柱。「栗山川」

田之倉橋

親柱の根元近くには施工業者の名前を記した銘板が。「施工 石井工業株式會社」

田之倉橋

橋の上から南の下流方面を望む。

田之倉橋

右を見ると新しい橋台が。

田之倉橋

左はまだ手つかずのようだ。

さて、ここで疑問点。先ほども書いたように「A2橋台」というのは道路の終点側の橋台らしいのだが、この千葉県道120号多古栗源線(たこくりもとせん)の終点はここから左(東)に200メートル程の場所にある西田部三差路。でもほぼ完成している橋台は右、つまり起点側のもの。それとも、おいらが何か根本的に勘違いしているのだろうか?う~ん??

田之倉橋

いつも通り謎は謎のままにして(滝汗) 北の上流方面を。

田之倉橋

東側より。

田之倉橋

東側右の親柱。「たのくらばし」

田之倉橋

隣にある石柱は… なんだろう?(^-^;

田之倉橋

東側左の親柱。「昭和38年3月竣功」

竣功してから半世紀と少し。あともう少しだけ現役で頑張って。



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芋焼酎 田倉25°1800ml 鹿児島県産




久留里大谷トンネル

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【名称】久留里大谷トンネル(くるりおおやつとんねる)
【所在地】君津市久留里大谷
【竣工】1981(S56)年12月
【延長】92.5m
【幅員】5.5m
【高さ】4.5m



2015年11月29日訪問

久留里大谷トンネル

君津市久留里大谷、現在地はココ(←クリック) 南を向いている。本日はあのトンネル。

久留里大谷トンネル

北側より。

久留里大谷トンネル

北側坑口。

久留里大谷トンネル

北側の扁額。「くるりおおやつとんねる」

久留里大谷トンネル

坑口左にあるサビサビの歴板。

「久留里大谷トンネル/1981年12月/延長 92.5M/幅員 5.5M/高さ 4.5M/君津市」

久留里大谷トンネル

北側坑口から内部を望む。

久留里大谷トンネル

内部から見た北側坑口。

久留里大谷トンネル

南側坑口近くで若干カーブしている。さて、全くもってありふれたこのトンネルなのだが、意外なことに明治の地形図にも記載がある。歴板にある1981年に改修されたのだろう。竣功当初は間違いなく素掘、しかも延長もかなりあるのでワクワクだっただろうなぁ。

久留里大谷トンネル

南側坑口。

久留里大谷トンネル

南側の扁額。「久留里大谷トンネル」

久留里大谷トンネル

歴板は同じサビサビでもこちらの方が若干状態がよいか?(^-^;

久留里大谷トンネル

南側坑口から内部を望む。

久留里大谷トンネル

内部から見た南側坑口。

久留里大谷トンネル

南側より。



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昇龍の鋼 久留里型木刈鎌 180mm 420mm柄 140932



M氏からの指令

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ひと月程前、「トンネルの旦那」ことM氏からメールが届いた。

「おうっ、生きとるか?ワレにいいネタ教えてやるけん、見に行ってこいや ●~*⌒ ヽ(´ー` )ホレ」

ははぁ、ありがとうございます!m(。_。;))m ペコペコ

しかし、天気が悪かったり、体調が悪かったり、寝坊したり、別の穴に行ったりしてなかなか機会がなかった。

「(#゚Д゚)ゴルァ!! おっさん、なにボケっとしとるんじゃ!酒ばっか呑んどらんと、はよ行ってこんかいっ、シバクで、このボケェェェ!!!」

とのこと。

ははぁっ、謹んで拝見させていただきに行きます!m(。_。;))m ペコペコ

以下、2015年11月29日訪問。

M氏からの指令

ということで、昨日アップした久留里大谷トンネルを取材した30分後にやってきた。ここは三島ダムそばの駐車場。早速、チャリで出発。

M氏からの指令

10秒後、目的地に近づいてきた。この先の正木橋の上からそれは見える。

ところで、この正木橋だが、とっくに記事にしてアップしているものと思っていたが、まだのようだ。どこか他の物件と一緒に… のつもりがそのままになっていたようだ。ま、いいか(^-^;

M氏からの指令

右を見ると重機が。日曜日なので、休工中のようだ。

M氏からの指令

現在地はココ(←クリック) 正木橋の上から西側を見下ろしたところ。この水路は三島ダムの余水吐きの水路、というか小糸川だ。この数十メートルの区間が現在改修工事中。M氏はこれを是非見てもらいたかったとのこと。

この水路の土手、普段は草がはえ放題で何がどうなっているのか訳が判らない状態になっている。以前、ちょっと気になることがあって、M氏と付近をウロウロしてみたのだが、空振りに終わったことを思い出す。ここがこんなに綺麗になる事は数十年に一度のことかもしれない(笑)

「どや、おっさん、ツルンツルンのパ●パ●やで!たまんねーな。ワシのおかげで有り難いモノを見ることができたやろ。充分に感謝しろよ、このドアホがぁぁぁ」

ははぁぁぁっ、ありがとうございます。m(。_。;))m ペコペコ

M氏からの指令

今度は東の三島ダム側を見下ろす。

足場がカッコイイ!!!(゚д゚)ハッ!!

M氏からの指令

場所を変えてみる。足場は6層に組まれていた。こういうものを見るとワクワクするのはどうしてだろう。写真はパノラマ合成。

M氏からの指令

三島ダム名物、122.6メートルの余水吐き。ダム湖からポンプで水を汲み出しているようだ。あの上に登るのって怖そうだなぁ(^-^;

M氏からの指令

工事は来年2月末まで行われる予定。興味のあるお方はお早めに。

さて、この後も探索は続くのだが、それはまた今度。

     ※     ※     ※

M氏からの指令

帰宅途中、月崎駅(小湊鐵道)の前を通ったら、今年も盛大にイルミネーションで飾られていた(昨年の様子はコチラ←クリック)

M氏からの指令

去年は気付かなかったのだが、今年は三脚を構えた撮り鉄さん達(?)が目に付いた。三脚で固定して長時間露出で撮るのかぁ…

M氏からの指令

ホーム。

M氏からの指令

このバンビさんたちは去年はいなかったんじゃないかな?君たちはヤマビルを連れてたりしないよね。

M氏からの指令

ミッキー&ミニー

M氏からの指令

どうやら、この日(11/29)から「イルミネーション列車」が運行され始めたらしい。撮り鉄さん達の目当てはソレだったのか。

M氏からの指令

これを見せた知人に言われた。

「みんな、これを見るために電車に乗ってくるの?」

M氏からの指令

「え、えとー、駅の周りでコレを見ている人達… たぶん、ほとんどは車で来ていると思う…」

(゚д゚)エッ!?

いやぁ、おいらだって、いつかは小湊鐵道に乗ってみたいのだけどねぇ。駅弁をツマミながら一杯。終点の養老渓谷駅から温泉街へ。ひとしきり歩き回ったあとは、旅館で温泉に浸かって、その後はご馳走と酒三昧。なんて事をやってみたいのだけどねぇ(^-^;



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「三島由紀夫」とはなにものだったのか (新潮文庫)




仲蔵橋

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【名称】仲蔵橋(なかぞうばし)
【所在地】山武郡九十九里町真亀/不動堂
【竣工】不明
【延長】約50m(目測)
【幅員】約8m(目測)



2015年5月31日訪問

仲蔵橋

九十九里町真亀(まがめ)、現在地はココ(←クリック) 真亀川の右岸を走っているのだが、川は見えない(^-^;

仲蔵橋

200メートル程進んで本日のお題の橋が登場。東側より。

仲蔵橋

橋の南側にある暗渠。

仲蔵橋

南側より。

仲蔵橋

南側左の銘板。「仲蔵橋」

仲蔵橋

南側右の銘板。「真亀川」

仲蔵橋

橋の上から東の下流方面を望む。

仲蔵橋

西の上流方面。

仲蔵橋

北側より。

仲蔵橋

北側右の銘板。「なかぞうばし」

仲蔵橋

北側右の銘板は失われていた。と言うことで竣功時期は不明( ;´Д`)



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仲蔵狂乱 (講談社文庫)



向畑隧道

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【名称】向畑隧道(むかいばたけずいどう)
【所在地】南房総市和田町小川
【竣工】1970(S45)年(「平成16年度道路施設現況調査」より)
【延長】97m(同上)
【幅員】4.7m(同上)
【高さ】4.2m(同上)



2015年4月19日訪問

向畑隧道

南房総市和田町小川、千葉県道296号和田丸山館山線(わだまるやまたてやません)にて。現在地はココ(←クリック) ちょうど、先日紹介した向畑2号隧道跡から次の隧道を見ている。

向畑隧道

「平成16年度道路施設現況調査」によれば、昭和45(1970)年の建設となっているが、ここも明治の地形図にも記載されている。この蒲鉾形の断面も古さを感じさせる。内房の国道127号に点在する戦時中に整備された隧道と似ている。ここも戦時中に拡幅されているのだろうか?

向畑隧道

坑口手前の凹みだが、これは何のために?付近でこのような凹みに石碑や地蔵を置いてあるケースに多く遭遇したが、ここは空っぽ。

向畑隧道

北側坑口。

向畑隧道

北側の扁額。「向畑隧道」

向畑隧道

北側坑口から内部を望む。

向畑隧道

内部から見た北側坑口。

向畑隧道

隧道の内部はしっかりとした施工がなされている。これも先ほど引き合いに出した127号の隧道と似ている。

向畑隧道

南に抜けると和田の海はもうすぐそば。

向畑隧道

こちらの凹みには石碑がある。

向畑隧道

馬頭観音が牛頭観音に挟まれている。明治~大正の日付が刻まれている。

向畑隧道

北側はいかにも山里という風景だったのだが、こちらは心持ち漁港の雰囲気が漂う。なんというか、建物が建て込んでいるところとか… 漁港があることを知っているからそう思えてしまうのかな?(^-^;

向畑隧道

振り返って南側坑口。

向畑隧道

南側の扁額。「向畑隧道」

向畑隧道

南側坑口から内部を望む。

向畑隧道

南側より。



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既製 印鑑 認印 三文判 白ボディ 10mm 向畑



立石沢の橋

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【名称】不明
【所在地】南アルプス市芦安芦倉
【竣工】不明
【延長】約10m(目測)
【幅員】約4m(目測)



2015年10月18日訪問

立石沢の橋

南アルプス市芦安芦倉(あしやすあしくら)、南アルプス林道のマイカー規制区間にて。現在地はこの辺り(←クリック) 右に停まっている軽自動車は工事関係者のものだろう。

立石沢の橋

法面の修復工事をしていた。

立石沢の橋

広河原行きのバスとすれ違う。

立石沢の橋

簡易トイレ、、、だけど通行する人のためのものじゃないよね(^-^;

立石沢の橋

下の法面から水がザバーっと流れ出ていた。

立石沢の橋

サバーの水源はこの側溝の水。

立石沢の橋

ところで、この林道を歩いていて少しガッカリしたことがある。意外なことだが、景色の良い場所が少ないのである。昨年歩いた対岸の県道37号は常にキョロキョロしたくなる絶景の連続だったのだが、この道は左は法面、右は樹木が茂っているという場所が多くて眺望の開けた場所が意外と少なかった。この写真の様な道を粛々と歩いたという記憶が多い。

立石沢の橋

おや、バス停だ。

立石沢の橋

「立石」 ここから入山する人のためのものだろうか。

立石沢の橋

帰りのバスの便の方が少ないのはなぜだろう?

立石沢の橋

景色の良い場所が少ない、と書いたが、開けている場所ではこんな光景を楽しむこともできる。あくまで「少ない」とだけであって、景色の良くない道という訳ではないのだ(^-^;

立石沢の橋

また水の音が聞こえてきた。

立石沢の橋

沢に架かる橋の登場。この写真では見えないが、橋の上から滝を見ることができる。

立石沢の橋

そして、橋の下にも滝。

立石沢の橋

北側より。残念ながら銘板がないので橋名等は不明。

立石沢の橋

真新しいガードレール。

立石沢の橋

こちらは少しくたびれている。しかし、林道が開通した半世紀前のものとも思えない。架け替えられたのか、大改修されたのか。

立石沢の橋

橋の上から山側の滝を望む。

立石沢の橋

今度は野呂川方面。

立石沢の橋

下をのぞき込んだところ。

立石沢の橋

南側より。

立石沢の橋

沢の名前は立石沢。他の橋の命名パターンからして、この橋の名前も立石沢橋でほぼ間違いないだろう。

     ※     ※     ※

おまけ動画





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FAシステムのための プログラマブルコントローラ活用法 (立石電機FAシリーズ (1))



(仮称)鴇谷隧道

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【名称】不明
【所在地】長生郡長柄町鴇谷/長生郡長南町棚毛
【竣工】1918(T7)年?
【延長】約20m(目測)
【幅員】約5m(目測)
【高さ】約5m(目測)



2015年6月7日訪問
前回(2011年10月2日)

(仮称)鴇谷隧道

長柄町鴇谷(とうや)、現在地はココ(←クリック) 南を向いている。前に見えるのは、おなじみdoodoongoo氏。もちろん、まきき氏もいる。3人でこの先の隧道を目指す。

(仮称)鴇谷隧道

舗装は最後の民家のすぐ先で終了。

(仮称)鴇谷隧道

どこが道なのか判らない状態に(^-^;

(仮称)鴇谷隧道

少し道らしくなってきたが、今度は笹と倒木で進むのが困難に。結局チャリでの到達は諦めることに。

(仮称)鴇谷隧道

これは帰りに撮った写真だが、こんな笹のトンネルの中を這いつくばるように通過。4年前はもう少し楽だったのになぁ(^-^;

(仮称)鴇谷隧道

そして急に視界が開けた。隧道キター!!! 写真はパノラマ合成。

(仮称)鴇谷隧道

振り返るとコレ。もうどこから出て来たのかよくわからない(^-^;

(仮称)鴇谷隧道

しかし隧道が現れるとテンションが上がるねぇ(・∀・)ニヤニヤ 北側坑口。

(仮称)鴇谷隧道

doodoongoo氏もゴキゲン。よかったぁ、喜んでもらえて。

(仮称)鴇谷隧道

北側坑口から内部を望む。

(仮称)鴇谷隧道

内部から見た北側坑口。

それにしても、大断面の隧道だ。隧道だけなら4トントラックでも通る事ができそう。でも、刈り払いを徹底しても隧道前後の道は軽四が精一杯、なぜこのような道に不釣り合いな隧道を作ったのだろう?もしかして、隧道建設当初は道路の整備も予定されていたとか?

(仮称)鴇谷隧道

隧道の延長は20メートルほどだろうか。こちらは内部から見た南側坑口。

(仮称)鴇谷隧道

南側の坑口に石碑がある。

(仮称)鴇谷隧道

馬頭観音だ。弘化五年と記されている。西暦に直すと1847年から48年。日本はまだ鎖国中じゃないか。ヨーロッパではフランス2月革命、アメリカではゴールドラッシュが始まった頃。そう考えると随分昔のものだという気がしてくる。さすがにこんなに昔から隧道があったとは思えない。おそらく尾根越えの旧道にあったのをここに移したのだろう。

(仮称)鴇谷隧道

2枚上の写真でdoodoongoo氏が見ていたのはコレ。

(仮称)鴇谷隧道

「開通記念」と書かれているような違うような…(^-^; 隧道が開通した時に建てられたものだろうか?

(仮称)鴇谷隧道

記念碑の左下には「大正七」と記されている。大正7年=1918年。レナード・バーンスタインと同い年だ!こっちは馬頭観音と比べると、つい最近のもののように感じるなぁ。なにしろ、バーンスタインの生演奏には接することができたからなぁ。

(仮称)鴇谷隧道

南側坑口。

丸みを帯びたオニギリ型に近い断面が柔らかい雰囲気をかもしだしている。これなら「なんか出そう」なんてことを言う人はまずいないだろう。そうか、この大きな断面は通る人に恐怖感を抱かせないための心遣いか?

(仮称)鴇谷隧道

南側坑口から内部を望む。

延長も短いので、この隧道を通る事を怖がる人はまずいないだろう。

(仮称)鴇谷隧道

少し離れてもう一枚。

さて、もうひとつ片付けなければならない仕事がある。

(仮称)鴇谷隧道

坑口の右にある階段を上る。場所的に旧道はコレしかありえない。

まきき氏は例のごとく撮影に夢中。まぁ、ここなら放っておいても迷子になることはないからいいだろう( ̄ー ̄)ニヤリ

(仮称)鴇谷隧道

あれ、植林地?これで終了?

(仮称)鴇谷隧道

いやいや、まだ隧道の直上方向に向かう坂道があった。

(仮称)鴇谷隧道

少し上ると切り通しが現れた。

(仮称)鴇谷隧道

切り通しを過ぎると道は下り坂に。良い雰囲気の古道だ。

(仮称)鴇谷隧道

しかし、2~30メートルほど進んだところでこの有様に。掘り割り状の道があるのははっきりと判るのだが、どうにも前進不可能。道理で隧道までの道中で分岐に気付かなかったはずだ。いや、注意深く見れば判るのかもしれないが、完全に竹藪と一体化していたのだろう。

(仮称)鴇谷隧道

やむなく引き返すことに… だが、再び隧道の南側まで戻るのも面倒なので、途中で強引に斜面を降りる。

そして、隧道の北側に出て、再度笹のトンネルを潜り生還。

(仮称)鴇谷隧道

みなさん、おつかれさまでした~



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仏画色紙 馬頭観音(ばとうかんのん)



荒老橋

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【名称】荒老橋(あらおいばし)
【所在地】成田市山口
【竣工】1973(S48)年3月
【延長】約20m(目測)
【幅員】約4m(目測)



2014年6月29日訪問

荒老橋

成田市山口にて。現在地はココ(←クリック) 成田市街を流れる利根川水系・小橋川に沿って進んできた。次はあの橋。

荒老橋

西側より。

荒老橋

隣の水管橋。

荒老橋

銘板があった。

荒老橋

「小橋川水管橋」

荒老橋

さて、橋の方へ。

荒老橋

西側右の銘板。「荒老橋」

荒老橋

西側左の銘板。「小橋川」

荒老橋

橋の上から南の上流方面を望む。

荒老橋

北の下流方面。

荒老橋

東側より。

荒老橋

東側左の銘板。「あらおいばし」

荒老橋

東側右の銘板。「竣工 昭和48年3月」



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騙す化粧品―荒れ肌・老い肌・乾燥肌になるのは当たり前 (危険警告Books)



八日市場橋

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【名称】八日市場橋(ようかいちばばし)
【所在地】山武郡九十九里町不動堂
【竣工】1966(S41)年3月
【延長】約15m(目測)
【幅員】約4m(目測)



2015年5月31日訪問

八日市場橋

九十九里町不動堂、現在地はココ(←クリック) 石碑を見つけたので見に行ってみる。

八日市場橋

殉国英霊と書いてあるので、戦死者を供養したものだろう。

八日市場橋

「表忠碑」 揮毫している川村景明氏はここにも記してあるように陸軍大将、日清・日露の両戦争で功を上げ、元帥府にも列せられた人物。

八日市場橋

「慰霊之碑」 こっちは達筆で読めない(^-^;

     ※     ※     ※

八日市場橋

さて、ついでにという気持ちで、隣にある橋も取材。東側より。

八日市場橋

東側左の銘板。「八日市場橋」

・・・!?

八日市場だって??? 旧八日市場市は現在合併により匝瑳市になっているが、ここは九十九里町。匝瑳市との間に山武市と横芝光町が挟まっているけどどういうこっちゃ?

八日市場橋

東側右の銘板。「昭和41年3月竣功」

八日市場橋

橋の上から南の下流方面を望む。

八日市場橋

北の上流方面。

さて、この川だが名称不明。もう少し上流の橋もチェックすれば名前がわかったかもしれないが、この後再び真亀川に沿って進んだので(^-^; しかし八日市場方面から流れてきているということはあり得ない。

八日市場橋

西側より。

八日市場橋

西側左の銘板。「ようかいちばばし」

う~ん、ひょっとしたら、八日市場のどこかから移設されたとか?でもこんなにピッタリの橋がそうそう余るはずないだろうしなぁ。もしかして妖怪千葉の仕業か?(^-^;

八日市場橋

西側右の銘板。「昭和41年3月竣功」



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全国妖怪事典 (講談社学術文庫)



南アルプス林道・広河原から4本目の隧道

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【名称】不明
【所在地】南アルプス市芦安芦倉
【竣工】不明
【延長】約50m(目測)
【幅員】約4m(目測)
【高さ】約3m(目測)



2015年10月18日訪問

広河原から4本目の隧道

アルプス市芦安芦倉、南アルプス林道にて。

広河原から4本目の隧道

ここは古いタイプの車止めのみ。ちょっと怖いなぁ。といっても、マイカー規制区間なので自分でここを運転する機会はないのだが。

広河原から4本目の隧道

野呂川対岸の山。

広河原から4本目の隧道

県道37号を見下ろす。

広河原から4本目の隧道

ゴキゲンで歩く。

広河原から4本目の隧道

そして広河原から4本目の隧道が登場。

広河原から4本目の隧道

西側坑口。隧道の向こうに次、そして更にその次の隧道が見える。

広河原から4本目の隧道

西側坑口から内部を望む。

広河原から4本目の隧道

この「45」というのは、よくある隧道延長を示す書き込みだろう。

広河原から4本目の隧道

内部から見た西側坑口。

広河原から4本目の隧道

内部はコルゲートで補強されている。補強されている隧道は何本かあったが、全面的に使われているのは確かココだけだったと思う。

広河原から4本目の隧道

東側へ。

広河原から4本目の隧道

東側坑口。

広河原から4本目の隧道

東側坑口から内部を望む。



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私たちの世界遺産〈4〉新しい世界遺産の登場―南アルプス(自然遺産)/九州・山口(近代化遺産)




白鳩橋

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【名称】白鳩橋(しらはとはし)
【所在地】茂原市早野/八幡原
【竣工】1975(S50)年3月
【延長】約20m(目測)
【幅員】約8m(目測)



2015年9月20日訪問

白鳩橋

茂原市早野、一宮川の支流・鹿島川の右岸を上流に向かっている。現在地はココ(←クリック) 本日も普通の橋(^-^;

白鳩橋

東側より。

白鳩橋

東側左の親柱。「白鳩橋」

白鳩橋

東側右の親柱。「鹿島川」

白鳩橋

橋の上から北の上流方面を望む。

白鳩橋

南の上流方面。

白鳩橋

西側より。

白鳩橋

西側左の親柱。「しらはとはし」

白鳩橋

西側右の親柱。「昭和五十年三月竣功」

白鳩橋

南側に架かる2本の水管橋。パイプの強度だけで架かっているぞ。

さて、普通に水道管かと思ったのだが、ちょっと違った。

白鳩橋

西側に看板が立っていた。

白鳩橋

「房総臨海地区工業用水道」

あぁ、工業用水だったのか。でも、どこからどこに流れているのだろう?たしか房総導水路が利根川から東金ダムと長柄ダムを経由して大多喜方面まで通じているはずだが、その支線みたいなものだろうか?国土地理院の地図を眺めてみたが、ここは記載されていないので不明。いつものように謎オチになってしまった(^-^;

白鳩橋

南側より。



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白鳩(Shirohato) オリジナル 紙パンツ 20枚セット ペーパーショーツ(YE-イエロー、LL)



大口谷トンネル

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【名称】大口谷トンネル
【所在地】いすみ市岬町鴨根
【竣工】1972(S47)年?
【延長】約50m(目測)
【幅員】約3m(目測)
【高さ】約4m(目測)



2015年1月18日訪問
前回(2012年7月1日)

大口谷トンネル

いすみ市岬町鴨根(かもね)、現在地はココ(←クリック) 南を向いている。これからこの先にある隧道を目指す。

大口谷トンネル

道の脇にある蓮畑というか池。

大口谷トンネル

「この先通り抜けできません」

こういう看板を見るとちょっとワクワクするねぇ。チャリだから引き返す心配もなし。もっとも、2回目だから、この先がどうなっているのか知っているのだけど(^-^; 道幅が微妙に狭くなった。

大口谷トンネル

そして完全な一車線幅の道に。

大口谷トンネル

最後の民家を過ぎるとダートになった。以前来たときはここで引き返したっけ。オフ車ならともかく、普通車ならそうするよなぁ、普通なら。

大口谷トンネル

杉林の中に伸びる林道の風景に。えっと、この道が林道なのか市道なのか、はたまた里道なのか私道なのかは不明。

大口谷トンネル

とうとう道はガレだした。

大口谷トンネル

もうそろそろだ。

大口谷トンネル

見えてきた。

大口谷トンネル

房総の林道でよく見られる縦長の隧道。

大口谷トンネル

北側坑口。

真っ直ぐ撮っているつもりなのだが、なぜか少し斜めに。いつもそうなんだよなぁ… なるべく被写体の中にある垂直や水平なラインをファインダーの枠に合わせるようにしているのだが、それを忘れるとこうなってしまう。ファインダーの中にグリッド線が表示できればいいのになぁ。

大口谷トンネル

これはほぼ真っ直ぐに撮ることができた。

大口谷トンネル

来た方向に振り返る。

大口谷トンネル

北側の扁額。「大口谷トンネル/1972」

1972というのは建設された年なのだろうか?地図を見ればわかるが、この先に岬ダムがある。しかし同ダムの建設着手は1985年(1989年竣功) ということは、ダム工事に関連して建設されたというわけではなさそうだ。また、隧道の前後にある道も古そうで、明治の地形図にも載っている。ただし、隧道の箇所だけは「古地形図によれば」すこし西を通っていたようだ。途中で旧道への分岐には気付かなかったけど…

大口谷トンネル

北側坑口から内部を望む。

大口谷トンネル

路盤。

大口谷トンネル

内部から見た北側坑口。

大口谷トンネル

内部は巻立てと吹きつけの区間が交互に。

大口谷トンネル

延長は50メートル程であろうか。南側に抜ける。

大口谷トンネル

この先、200メートル程進むと岬ダムのダム湖にでるのだが、道はますます荒れている。

大口谷トンネル

南側坑口。

大口谷トンネル

南側の扁額。「大口谷トンネル」

大口谷トンネル

南側坑口から内部を望む。

大口谷トンネル

少し離れてもう一枚。

     ※     ※     ※

おまけ動画





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【SANCTUS】 180倍 双眼鏡 20~180倍 三脚アタッチメント付属 大口径 約80mm 採用 高倍率 (ブラック)

80mmの大口径双眼鏡、バカ安だけど聞いた事のないメーカー。
ダメダメな品だったら勿体ない価格だけど、程々以上の品ならラッキー。
う~ん、悩ましい。




八千代ふるさとステーションの橋

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【名称】不明
【所在地】八千代市米本/島田
【竣工】2015(H27)年3月
【延長】約70m(目測)
【幅員】約2m(目測)



2015年9月13日訪問

八千代ふるさとステーションの橋

八千代市米本(よなもと)、現在地はココ(←クリック) 印旛放水路(新川)に沿って花見川方面に向かってきたが、もう日暮れ。正面に見える国道16号の八千代橋まで行って対岸に渡って引き返そうかと思っていた。

八千代ふるさとステーションの橋

そのままスロープを上って橋の上に出てもよかったのだが、なんとなく向こう側へ行ってみようかという気に。

八千代ふるさとステーションの橋

あれっ、地図に載っていない橋があるぞ!

八千代ふるさとステーションの橋

ここは道の駅やちよ・八千代ふるさとステーションだ。農産物の直販所がなかなかイイという噂を聞いたことがあるのだが、買い物にはちょっと遠いので来てみたことはなかった。

八千代ふるさとステーションの橋

明らかに歩行者専用の橋だが、なぜにこのような場所に?

八千代ふるさとステーションの橋

本日最後なので、ちょっと下にも行ってみよう。

八千代ふるさとステーションの橋

そのまま真下に。

八千代ふるさとステーションの橋

そして反対側に。それにしても、新しい橋だなぁ。

八千代ふるさとステーションの橋

東側より。

八千代ふるさとステーションの橋

橋の名前が判らないので、道の駅に案内板でもあるかもしれないと思ったら、あった。

八千代ふるさとステーションの橋

橋の名前こそ判らなかったが、どうやら対岸の駐車場に停めた人のための橋っぽい?それだけのためではないのかもしれないが。

八千代ふるさとステーションの橋

欄干に内蔵されたLEDライトが点灯していた。このタイプの照明は初めて見たなぁ。

八千代ふるさとステーションの橋

東側右の銘板。「平成27年3月完成」

おやおや、完成したばかりじゃないか。ちなみに東側の銘板はこれだけで橋名の銘板はなかった。

八千代ふるさとステーションの橋

橋の上から北の印旛沼方面を望む。

八千代ふるさとステーションの橋

南の花見川方面。

八千代ふるさとステーションの橋

西側より。

八千代ふるさとステーションの橋

西側右の銘板。「印旛放水路」 やはりこちらにも橋名の銘板はなかった。ということでこの橋の名称は不明。ってか、ガチで無名橋、もしくは先ほどの案内板にあった「歩道橋」が正式名称なのかもしれない。

八千代ふるさとステーションの橋

橋の周りをウロウロしていると、あっという間に周囲は暗くなってきた。この日はここで引き返した。



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ロードマップ『道の駅 旅案内 全国地図 平成27年度版』 (「道の駅 旅案内 全国地図」シリーズ)



(仮称)福野隧道

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【名称】不明
【所在地】君津市怒田
【竣工】不明
【延長】約40m(目測)
【幅員】約2m(目測)
【高さ】約2m(目測)



2015年8月2日訪問

(仮称)福野隧道

現在地はココ(←クリック) 真夏のクソ暑い中、チャリを押しながらここまで登ってきた。

(仮称)福野隧道

30メートル程南の分岐を右に。福野の集落に向かう道を進む。せっかくここまで登ってきたのにもったいないなぁ(^-^; 道の右に石碑が…

(仮称)福野隧道

「農村モデル事業」

(仮称)福野隧道

その先には水路隧道の跡があった。

(仮称)福野隧道

福野の集落まで降りてきた。目的地はここを右に曲がった先にあるのだが、その奥にちょっと味わいのある建物があった。ちょっと見ていこう。

(仮称)福野隧道

学校?でもなぜか洗濯物が干してあるし。

(仮称)福野隧道

「君津市立福野小学校」

帰宅後、調べてみると2001年に廃校になったようだ。地区の避難場所にも指定されているので、今でも地域の集会所のように利用されているのかもしれない。

(仮称)福野隧道

さて、目的地に向かう。現在地はココ(←クリック) どこかの民家に入り込んでしまいそうな道だがここで大丈夫。

(仮称)福野隧道

畑の横を過ぎると…

(仮称)福野隧道

急に道が荒れてきた。

(仮称)福野隧道

良い感じの道になってきた。大福山の方から戻ろうかと思っていたけど、こりゃ大変だなぁ。予定変更しよう(^-^;

(仮称)福野隧道

ここは耕作放棄地かな?

(仮称)福野隧道

ようやく坂を下りきったようだ。地形図によれば一気に100メートル以上標高を下げたようだ。

(仮称)福野隧道

ここも水田だったようだが、耕作放棄地になっているようだ。道にも雑草が生えていて、ちょっと寂しいなぁ。

(仮称)福野隧道

ターゲットが近づいてきた。

(仮称)福野隧道

おや、タイヤの跡だ。案外通る人がいるのかな?

(仮称)福野隧道

カーブを曲がると隧道の登場!

(仮称)福野隧道

素晴らしい素堀隧道だ。苦労して来た甲斐があったなぁ~。

(仮称)福野隧道

北側坑口。

(仮称)福野隧道

坑口の手前に段差が。でも、車の主は強引に走り抜けたらしい(^-^;

(仮称)福野隧道

北側坑口から内部を望む。

(仮称)福野隧道

内部から見た北側坑口。

(仮称)福野隧道

路盤はサラサラ。

(仮称)福野隧道

地図にも西側に迂回する道があるが、ほんの少し迂回すればいいだけなのに隧道を掘ってしまうというのが房総ならでは。掘りやすそうな地質だからなぁ。

(仮称)福野隧道

4分の3ほど進んでみて驚いた。とんでもない段差があるじゃないか。

(仮称)福野隧道

段差は20センチ以上はあるだろうか。おいらの車じゃまず間違いなく引っかかってしまうはず。こんなところでスタックしたらシャレにならないよなぁ(^-^;

それにしても、見知らぬドライバー氏はここも難なく(?)クリアしたようだ。恐ろしや恐ろしや∑(゚д゚; )

まぁ、こんなところでも喜々として走り抜けそうな御仁に2人ほど心当たりがあるが… まぁ、誰とは言わないけど(・∀・)ニヤニヤ

(仮称)福野隧道

内部から見た南側坑口。

(仮称)福野隧道

南に抜けた。こちらの水田もみな今は耕されていないようだ。

(仮称)福野隧道

南側坑口。

(仮称)福野隧道

南側坑口から内部を望む。

(仮称)福野隧道

少し離れると緑に隠れてしまいそうな坑口。

     ※     ※     ※

(仮称)福野隧道

ところで、先ほどもちらりと触れたが地図にも載っている西側の迂回路。これがどうなっているのか気になったので言ってみることに。北側にもどって隧道の手前にある分岐を右に進んでみた。

(仮称)福野隧道

途中から軽い藪漕ぎ状態に(^-^; やっと藪を脱出して現在地はココ(←クリック)

(仮称)福野隧道

もうこれ以上進むことはできない。とほほ。ということで、再度隧道を抜けて南側に。

(仮称)福野隧道

南側より。

この一帯、周囲が山に囲まれて周囲から隔絶されたような雰囲気。江戸時代の隠田ってこんな雰囲気だったのだろうか?しかし、残念なことに全ての水田が今では耕作放棄されている。ネットの地図で航空写真を見るとまだ耕作されているように見えるので、このようになってからまだあまり年月が経っていないようだ。

ところで、この近くに小櫃川の支流の御腹川が流れている。地図でその上流までずっとたどってみると…

産廃処理場 ∑(゚д゚; ) 数年前に首都圏最大級の最終処分場が稼働し始めたのだ。そして高レベル放射性廃棄物の最終処分場の有力な候補地になっているという話も…

ひょっとして… この処理場との絡みでこのエリアの水田の耕作がなされなくなったとか?あくまで憶測なのだが、だとすれば一気にこうなってしまった理由も納得できるような。。。

     ※     ※     ※

おまけ動画



今回は高画質で。



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福野礼一郎あれ以後全集〈1〉



砂田橋

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【名称】砂田橋(すなだはし)
【所在地】茂原市墨田/上茂原
【竣工】1973(S48)年3月
【延長】約30m(目測)
【幅員】約7m(目測)



2015年11月22日訪問

砂田橋

茂原市墨田、一宮川の右岸にて。現在地はココ(←クリック)

砂田橋

200メートル程進むと水管橋の吊り橋があった。そうそう、国道409号から見えるものだ。

砂田橋

南側より。

砂田橋

心持ちたわんでいる?

砂田橋

次は国道の橋。何度となく通った事のある橋だが、いつも車なのでよく見たことはなかった。東側より。

砂田橋

南側より。

砂田橋

南側左の親柱。「砂田橋」

砂田橋

南側右の親柱。「一宮川」

砂田橋

狭い歩道だなぁ(^-^;

砂田橋

橋の上から東の下流方面を望む。

砂田橋

西の上流方面。

少し見づらいが、ここで支流の三途川と合流している。右が一宮川本流で左が三途川。

砂田橋

東側より。

砂田橋

東側左の親柱。「すなだはし」

砂田橋

東側右の親柱。「昭和四十八年三月竣功」



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オーナーズリーグ24弾 / OL24 / NB / 砂田毅樹 / 横浜 / OL24 107



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