【名称】打越橋(うちこしばし)
【所在地】鴨川市成川
【竣工】1962(S37)年9月
【延長】約10m(目測)
【幅員】約3m(目測)
2016年1月10日訪問
鴨川市成川、現在地はココ(←クリック)
この日は、トンネルの旦那ことMKK氏が面白い橋を案内してくれるというので付いてきたのだが、その道中、これを見つけた。屋敷跡と言っても今はただの水田。そりゃそうだよな、「跡」なのだから(^-^; ところで正木環斎って誰?
正木環斎(頼忠)は安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将で、勝浦城主だったこともある。後北条氏に仕えたが、豊臣秀吉によって同氏が滅ぼされると、領地を失い、この地に移った。その時の屋敷がここに建っていたようだ。
さて、ここまでの経歴では、戦国時代に没落した武家のひとつということになるのだが、実はこの人、日本人の98パーセントが知っている有名人の縁者なのだ。後北条氏滅亡後、彼の娘・於万は徳川家康の側室になる。そして生まれた子供のひとりが、水戸藩初代藩主の徳川頼房。さらに頼房の三男が徳川光圀、つまり水戸黄門なのだ。ということは、この環斎さんは、水戸のご老公の「ひいじいさん」ということになるのだ ∑(゚д゚;)
「こらっ、おっさん!はよチャリ出せや!先はまだ長いんや!チンタラしていると置いてくで!!」とMKK氏に促されて、再び出発。
坂を下ると橋が見えてきた。あれはMKK氏の言う「面白い橋」ではない。
少し古そうだが、名前はあるのかな?
東側より。
東側左の親柱。扁額があったので取材開始。
「こらっ、おっさん!はよせんとシバクで!」と仁王立ちのMKK氏。
「打越橋」
東側右の親柱。「昭和三十七年九月竣功」
川の名前は「川の名前を調べる地図」様によれば、川音川。加茂川の支流のひとつで、2級河川に指定されている。橋の上から南の下流方面を望む。
北の上流方面。
西側より。
西側左の親柱。「うちこしばし」
西側右の親柱。「昭和三十七年九月竣功」
北側より。
(´-`).。oO(出たがりのMKK氏が、この日は妙に構図に入るのを避けていた。もしや、ネタにされることを察したのか?)
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水戸黄門